もともと超能力が使えた俺だけど、異世界に転生してみたらすっげえ無双できたwww2

 俺は洞穴の中で目覚めた。見慣れた岩窟の壁をぼんやりと見つめる。一糸まとわぬ体に、じっとりとした空気がまとわりつく。

 俺は洞窟の奥に進む。岩肌の上で全裸で寝ていたために背中がキシキシと痛む。ぺたぺたと素足の足音が周りの壁に反響する。腰のあたりを撫でながら、猫背で歩く。

 原始人かよ。

 洞窟の奥には毛皮の塊があった。手に取って広げる。それは動物の皮を継ぎ合わせて作った服だった。貫頭衣の形をしていて、歪んだ形のポケットが縫い付けてある。俺が毛皮の加工法を知らないために、すでにところどころ腐蝕し、毛が抜け始めている。その不格好な代物に頭を通す。すっぽりと首から足首まで服でおおわれた。さすがの俺とて、全裸で森を歩く気にはなれなかった。

 さらに俺は立てかけてあった槍を手に取る。長さは1メートル程度で、木の枝に石の穂先を組み合わせただけの原始的かつ簡素な代物。一応、石は一生懸命に磨いて鋭くしてあったが、まあ、いわゆる磨製石器であって、やはり原始人なみの代物の範疇でしかなかった。

 洞窟を出て空を見上げる。快晴。まあ、雨よりはマシだ。

 俺の住居である洞窟は森の中に存在する。自然にできたものにしてはとても滑らかな壁や床をしていて、おそらく昔だれか人の手によって掘られたものではないかと俺は思っている。

 俺は森へいく。獲物となる動物か、食える植物を探すために。何もなければ川で魚でもとってくればいい。

 文化文明とはほど遠い暮らしぶり。

 今世の俺の人生も、すでにつまらないものに成り下がっている。

 

 

 前世の俺は電車に轢かれて死んだ。

 今世では、原始人をやっている。特に希望もないし楽しくもない。前世よりはマシという極低レベルな比較を唯一の慰みにして生きている。

 実際には、俺の拠点とする洞窟からほんの数キロ移動すれば文明のある村が存在する。そこではみながみな布の服を着て、鉄器を手に畑を耕したりして生きている。少なくとも原始人より上等な生活である。

 そもそも今世の俺はその村で生まれている。だからかつては村で少しは文化的な生活をしていた。

 十歳のころ、悪魔の子だと言われ、石をもって追われた。まあ当然のことだった。

 死して、輪廻転生して、なお前世の記憶を持っているというのも異常であったが、まさか、あの前世の呪われた性質まで今世に持ち込んでいるとは思ってもみなかった。ある意味最悪の結果だった。死に方が悪かったかもしれないと、轢死を悔やんでみたこともあった。

 今では何も思わなくなった。もう、どうでもよかった。かつては普通の生活に憧れもしたが、原始人を5年もやっていれば、もう背骨まで原始人の精神が染みついてしまっている。とりあえず今を生きる。明日や昨日のことは考えない。

 毎日が同じようなことの繰り返しであって、つまらないものだったが、それでも不幸せとまで言うほどの生活ではない。満足はしてなかったが、おまえの人生などこんなもんだと言われれば、そうかと納得するしかないのだ。

 俺は森で茶色い野ウサギを一匹捕らえた。投げ槍で貫かれたその身体は、丸々と太っていた。この森は実りが多い。その点だけはこの世界の神か何かに感謝していた。

 主に俺は投げ槍か罠で獣をとらえる。罠は落とし穴でも網や籠でもない。そんなものを用意するのが面倒だった俺は、あの呪われた能力を罠に利用していた。うまいことやれば大型の獣でもあっさりと捕まる。

 ウサギ以外にはテキトーに食えそうな草と木の実を採ってきていた。味は悪いが毒はない。今までに何度も食っていた。仮に毒があったとしても――この身体では、たいして問題にはならないけれども。

 初めのころは苦労して肉や魚に火を通したりしたものだったが調味料が手に入らない故に味気ない。さらに火をおこすのが面倒でしかたない。冬場ならともかく、それ以外の時は、もはや生のまま食った方がまだ美味しく感じた。この点では、もしかしたら原始人より劣っているかもしれない。一匹の野獣のごとき食生活。

 洞窟が目で見える辺りまで戻ってきて、俺は身をこわばらせた。誰かが洞窟の前にいた。またか、と思った。

 俺は槍を強く握りしめて近づく。わざと音が鳴るように、草を荒く踏み分ける。

 洞窟の方を向いていた人が――少女が、俺の方を振り返った。

 村の娘だ。名はクディタ。歳は十三だったが発育が悪く、枝のような手足と小さな体躯をしている。手には蔦で編んだ籠を持っている。ここ最近、毎日のように俺の所にやってくる、うっとうしい娘だ。

「おまえに、もう来るなって、何度も言ったよな」

 俺の口から、この世界の言語がすらすらと出てくる。まあこの世界で生まれたわけだから当然だろうけど。

「一度痛い目あわないとわからないのか、おまえは?」

 できる限り怒気を込めて睨みつけるが、クディタは動じている風ではない。

「あ、あの、果物、持ってきたんです、こ、これ」

 痩せた、小柄な少女は籠のようなものをこちらに差し出す。そこには橙色の果実が入っている。

「おいしい、です、あの、これを――」

「憐れんでいるのか? この俺を?」

 俺はその場に採ってきた獲物たちを落とすと、クディタに近づく。すぐ目の前に立った俺に向かって、ぎこちなく、にへらと笑った少女の、胸倉をつかみ、引き寄せる。

「俺が呪い子だって、村人から教わらなかったか? 自殺しに来たのなら存分に苦しませて殺してやるが? 身体のどこから死んでいきたい? ああ?」

「べ、べつに、そんな、つもりじゃ――」

「だったら何のつもりだ? 珍しい動物にエサをやる気分か? 哀れな乞食に施してやる気分か? 俺はお前たちに追い出されてここにいるんだ、わかっててやってんのか」

 がくがくと軽い体を揺さぶってやる。クディタは、目に涙をためて唇を噛んでいる。

「それとも、俺の力を疑ってんのか?」

 俺はクディタの目の前に槍を突き出す。槍を持つ手に“力”を籠める。

 手の触れている部分から、槍の柄が黒く変色していく。もろくなり、朽ち、ばらりと手から落ち、穂先を下にして地面へ刺さる。

 腐敗は止まらない。木でできた槍の柄はそのまま腐り落ち土となる。石でできた穂先だけ、後に残る。

「見たか? 俺は触れたものを腐らせる。俺につかまれているおまえも簡単に腐らせることができる。生きたまま微生物に食い殺されて死ぬのが望みか?」

「そ、そんなこと言って、い、いつも 殺さないじゃないですか」

「あ――?」

 クディタを突き飛ばす。軽い体は人形のように地面へ打ち付けられる。

 ぽろぽろと涙をこぼしながらも、無理に笑顔を作ろうとするクディタを見て、いらだちを覚える。

「おまえ、本気でうっとうしいんだよ。目障りだ」

 それだけ吐き捨てると、俺はクディタから目をそらし、洞窟に入る。

 外からしゃくりあげるような声が聞こえるが、気にしてはいけない。

 食い物を置き去りにしてしまった。せめてウサギだけでも回収してくればよかった。それにせっかくの槍をまた腐らしてしまった。どっちも自分の落ち度ではあるが――本当、あの娘が来るとろくなことにならない。

 服を脱ぐ。いらだちまぎれに毛皮を蹴り飛ばすと、俺はその場でふて寝した。

 

 すでに日がかげり薄暗くなってきたあたりで、俺は目覚めた。

 のそのそと洞窟の外に出ると、もうクディタはいなかった。代わりに、籠だけが洞窟の前にちょこんと置いてある。

 クディタが持ってきた果実のほかに、俺が採ってきたウサギだとか木の実だとかも、籠の中に収められていた。俺が落としたものをわざわざ拾い集めたようだ。

「……」

 クディタの持ってきた果実を手に取る。前世の世界には無かった、橙色の皮をした果実。村で育てている果樹から採れる。確かピカナとか呼ばれていた。

 リンゴくらいの大きさで、ブドウの一粒のような形をしている。皮をむくと弾力のある青白い実が現れる。果汁がしたたって手からひじへ流れていく。

 俺はその実を一口、かじった。

 森で採れるいかなる果実よりも甘かった。