山奥ニートだけどちゃんと宣言通り5日間勤め上げた。

はぁ?

 

 

って、普通に働いている人に言われそうなタイトルである。

でもでも、これってすごいことなのだ。

 

 

実は私は過去、親元で働いていたことがある。その時の最大労働期間が20連勤なので、5連勤ごときどうでもいいのだ。問題はその内容。

 

一緒に行った先輩山奥ニートいわく、共生舎史上、最も過酷な労働。

 

細かい内容は省くが、もろ肉体労働である。20kg以上の重量物を、工場のラインを止めないようにひたすらベルトコンベアに載せていく。まあ、辛い。

 

まず、私の体重が45kgである。

 

ガッリガリ。みなさんが想像するガリよりも1.5倍はガリだろう。

 

つまり自重の半分よりも重いものを連続して持ち上げなければならないのだ。

 

死ぬ。良くて死ぬ。悪くて死ぬ。前後左右全て死ぬ。それぐらいキツい仕事だった。

 

1日目が終わった瞬間に全身の疲労でフラフラだった。

 

2日目は筋肉痛に苦しみながらなんとかやりとげた。

 

3日目は今後作業量が増えるかもしれないという宣言を受けて半分絶望しながらやっていた。

 

4日目。これが一番きつかった。今までで一番多い量を短時間でさばかなければならない。泣きそうになりながら歯を食いしばってやっていた。途中、20数kgのコンテナで股間を強打し、本来であれば数分間はのたうち回る痛みにも耐えて積んでいた。工場のラインを止めるわけにはいかないからだ。

 

5日目。つまり最終日である。もう4日目の筋肉疲労で死にそうなのに、分量は4日目よりもさらに増えていた。絶望。しかしだ。

 

案外、楽だった。

 

5日目にしてやっと作業に身体が慣れたのだろう。コンテナを持ち上げるときに腕の力ではなく脚をよく使えばいいと言う風に学んだ。まあ、それでも辛いことは変わらないのだが、5日間の中では一番マシな日だった。一番作業量は多かったのだけれど。

 

と、仕事に慣れた途端に辞めるという、ニートらしい結果に。16日からは私に代わって別の山奥ニートが出るわけだが、まあ、もしもその山奥ニートがあまりの過酷さにダウウンした場合は私が代わりに出ることになっている。とはいえ、ここから作業量は減る一方だろうし、そもそも山奥で最軽量かつ最貧弱な私がなんとかやりきれたのだ。たぶん大丈夫だろうさ。

 

ちなみに、この5日間は筋肉痛を緩和する薬やら、はやく回復させるためにプロテインやらを飲みに飲んでドーピングしていた。体にいいと思って、リンゴ酢まで飲む始末だった。それでギリギリ何とかもった。人間の技術力ってすごいな、と思う。

 

 

……と、この辺で筆をおきたかったのだが、交代の山奥ニートが明日出られないことが発覚した。つまり、私は明日も出る。でもあくまで予備要員としてである。交代の山奥ニートは2人いて、片方は出てくれるらしい。もしその片方がしんどすぎて潰れちゃったりしたら、自分がヘルプで入る役だ。でもたぶん大丈夫じゃないか。共生舎1虚弱なのはきっと私だろうし、その私がヒイヒイ言いながらもできたんだから。