空想上の人物との疑似恋愛について

昨日のアイドル云々の記事で偉そうに「疑似恋愛というのもよくわからない」などと高説ぶったわりに、よくよく考えてみれば私は空想上の女性と疑似恋愛していた。

 

どうしよう。アイドルとの疑似恋愛よりももっと酷い気がする。

 

この私の架空の疑似恋愛相手。名を「氷雨さん」という。名字はない。

 

職業は秘書だ。誰の秘書かと問われれば私の秘書である。私は山奥ニートを職業(?)としているため、氷雨さんは山奥ニート秘書ということになろう。

 

……どうしよう。ますます酷い。読者からの冷たい視線を肌で感じる。

 

い、言い訳がましいが、「収容所の小さな貴婦人」という逸話をご存じだろうか。

 

簡潔に説明すると、「戦争捕虜となったフランス兵たちが荒んだ捕虜生活を何とかするために作り上げた架空の少女」の話である。その雑居房においては架空の少女が存在するとして振る舞わなければならない。よって紳士的でない行為をしたものはその少女に謝罪しなければならず、食事などもみんなが少しずつ持ち寄ってその少女にそなえ、その少女の誕生日になればみんなで歌を歌って祝う。ある種狂気じみた行いであるかのごとく思えるが、少女の存在によってある種の規律がうまれ、また心の慰みにもなり、捕虜生活で発狂する者も多い中、その少女と共にいた兵らは最後まで正気を保ったままでいられた――と。

 

ネットで有名な逸話だ。実際にはもっと細かく色々あるのだが、まあそれは検索していただきたい。私はこの逸話を何度も目にしたことがある。この話自体創作らしいけどね。でも何か真に迫って聞こえてくるのは、幼少期の思い出と重ねるからだろう。そう、人形や架空の存在に話しかけていた、あのころと。

 

さて氷雨さんであるが、この存在も「収容所の小さな貴婦人」と同じく自分の生活を律するために作られた架空の疑似恋愛相手である。そのため、架空の疑似恋愛相手であるにも関わらず、かなり手厳しい性格をしている。

 

眼鏡をかけていて、女性にしては身長が高い。私はチビであるため、彼女と正面から向かい合えば、私の方が少し見上げる格好になる。顔は美しいが目が釣り気味で、いつも少し怒っているように見える。そのため彼女と向き合えば、見下ろされた上で怒っているかのごとき表情に見えるため、気の小さい私などはただ顔を合わせるだけで恐縮してしまう。

 

一応、私に雇用されているという形態(という設定)であるため私には敬語である。基本的に物腰丁寧で、凛としている。いつもピンと背筋を伸ばし、長い髪をひとまとめにしている。私と違って大いに真逆な、清潔感のある女性である。

 

物腰丁寧であるがその物言いの内容はかなりキツい。山奥ニートである私に対して「働かずに食べるご飯は美味しいですか」と面と向かって言ってくる。「今日も無為に一日を過ごしましたね。時間を浪費することはお金を浪費することよりも罪深いと思いませんか」などと私のことを言葉でいたぶってくる。

 

何故なら氷雨さんはしっかりした女性であって、しっかりしていない人間が嫌いだからだ。つまり氷雨さんは、簡潔に言ってしまえば私のことが嫌いだ。

 

好きな相手にサドっ気によってキツい物言いをしているわけではない。心底軽蔑しているからこそ出る極自然な罵倒である。そして自分はマゾというわけではなく普通に評価されたり褒められたりするのが好きな人間であるため、色々とへこむ。

 

 そもそも自分の好みの女性像とはかけ離れている氷雨さんであるが、しかし氷雨さんは麗人であって聡明であり、自分はそういう女性にはどうしても惹かれてしまうタチである。よって自分は氷雨さんに好意を寄せているのだが、しかし氷雨さんは私のことが嫌いである。毛嫌いしていると言っていい。

 

なぜ架空の疑似恋愛対象にここまでハードな設定を課すのか。せめて私のことを心の底では憎からず思っているとかではいけないのか。

 

いけないのである。

 

自分を嫌っている女性を見返さなければならない、くらいのハンディがあって初めて頑張れる。甘えることが許されない相手であるからこそ、戦える。自分の理想とする女性は、きっと優しすぎて私を律するに足る人格ではない。

 

結局、私を律するという点がメインの目的であって恋愛をしたいわけではない。

 

法や倫理を擬人化したものが神であるなら、私を律しようとする理性に人格を与えたものが氷雨さんだろう。彼女が私のことが嫌いなのは、私が私の自堕落な性格を毛嫌いしているからに他ならない。

 

 まどろっこしい。でも努力苦手な人間だからなあ。さまざまな舞台装置を用意して、それ全部利用して初めてちゃんと機能できる。それくらいのもんじゃないかな。

 

伸びをして吸う夏霧や君想う                   秋雷

 

氷雨さんにこれ以上嫌われないように、頑張らねばー……。

 

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