山奥ニートは温厚か?

ニートのステレオイメージはどんなものだろう? 部屋に引きこもってずっとネットしていて、何かあるとすぐにキレるようなイメージみたいなの、ある気がする。

 

実際、山奥ニートはどうかっていうと、めちゃ温厚である。というか低ストレス環境で生きているのだから、温厚でないわけがない。いかに仕事のストレスが人を変えてしまうものなのかと驚く。

 

原付ブイブイブログのG先生なんかは割と顕著で、働いてない時は温厚であるが仕事をしている時はちょっと気が立っていたりする。温厚であるだけの余裕がないとでも言おうか。私も経験があるからよくわかる。

 

さて共生舎であるが、スプラトゥーンのことを「仕事」と呼称するスプラ勢がいる。なるほど、お金は発生しないが、ある種ノルマを達成するために繰り返し同じことを行うのは仕事のようだ。遊びでやってない、真面目にやってんだ、って意味も込めているのだろう。

 

G先生もスプラ勢であったがスプラをプレイしていて非常に気が立ったりしていた。それで他の山奥ニートに暴言を吐いてしまって落ち込んだりしていた。(当の山奥ニートは気にしてなかったそうだが) まあ暴言と言ってもそんなに大したものじゃないし、G先生気にしすぎってのはあった。

 

で、この現状を顧みて、良くないなと思ったG先生はスプラをゲオに売ったと。まだ発売から一か月も経っていないのに。英断である。

 

まあ、スプラについては笑い話であるが、仕事って人間を変えてしまうよなあとは思う。山奥ニートってみんな優しいけど、ニートだからこその優しさであって、これがみんなちゃんと労働していたらこんなに優しくできるんだろうか、って思う。心の余裕って大事だ。ニートを集めて集団生活ってのは理にかなっていると思う。これが仕事人ばかり集めての集団生活なら喧嘩が絶えなかっただろう。

 

ただ、山奥ニートのなかでも、私はいずれ仕事人に復帰する気でいる者である。復帰したときに、私はどれだけ今の優しさを維持できるのだろうか。維持したくばストレスの軽い仕事――自分に合った仕事を選ぶべきなんだろうな。

 

山奥ニートになる前は、割と死にそうになりながら仕事していた思い出がある。まあ、あの頃から他人に当たったりするタイプではなかったとは思うんだけど、今ほど温厚ではなかったとも思う。あのころストレスは強かった。ストレスで胃腸とか痙攣したりした。割とブラックだから。まあ私がストレスにことさら弱い、虚弱マンだからってのもあるだろうけども。

 

タフな男では絶対にないよな。私は弱っちいモノだ。何が向いてるんだろうな。世間様は私が生きていくにはどうも厳しすぎるよ。

 

まあ山奥の大自然も割と厳しいけどね。でも山の自然の厳しさはどれだけ厳しくとも笑い話にできちゃうから。ぶつくさ文句を言いつつも、その不便さを愉しんでいる部分はある。お仕事の時とは違うよな。

ここで私が言いたいことは、「山奥ニートと仕事人なら山奥ニートの方が温厚だから山奥ニートの方が優れてる」ってことじゃないぜ。「ストレスフルな環境でそれでも他人にやさしくできる仕事人はすげえな」って話だ。私たちはストレスから逃れ逃れて山奥に辿り着いた逃亡者の身。ストレスに立ち向かってなお優しさを維持できる人は本当に尊敬するよ。

私は仕事人は尊いと思う。山奥ニートを指して「彼らのような生活を見れば、ただ働くことが幸福だろうかと考えさせられる」みたいな論あるけど、幸福どうかは本人次第だから何とも言えないけど、とにかく働いている人は偉いと思うんだ。だって私たちはそれから逃げた身だ。逃げずに立ち向かった人の方が偉いに決まってる。

今、私は心に余裕がある状態だ。これから先そうでなくなった時に、それでも人に優しくできる方法を今のうちに見つけておくべきなんじゃないかな。ついトゲトゲした言葉で人を刺してしまう。つい余計な言葉を投げつけてしまう。つい気づかいができなくなってしまう。そんな風な私に、なりたくないんだ。ストレスフルな中でも他人に優しくできる素敵な大人に、なりたいんだ。

なれるか……? そんな私、想像できないな……

 

ひぐらしや大人になる意を知らぬまま            秋雷

 

素敵な大人になりたいって少年風に言ってみてるけど、私ってばとっくに成人越えてるけどな! だめだ。まだ子供気分でいるうちは大人になれるわけないよ。アダルトチルドレンかー。大人っていつなるの? どこかに線があって、それを超えたら大人なの?

山奥ニートは温厚だとは言ったけど、精神的に幼い者は多い気がする。みんな私みたいな感じなのかな。どうかな。山奥ニートって、なんか普通の人とは違う独特の雰囲気・空気感をかもしだすんだよな。子供でも大人でもない、山奥ニートって区切りなのかもしれない。

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