前夜は中秋の名月

暗所でカメラが映らないので月を写真に撮れなかった。高価な一眼レフとかだったら撮れるのかな。そんなん持ってないし、手が届かないし。そもそも写真なんか好きじゃないし。じって見てたよ。綺麗だったよ。

 

山奥は曇りだ。それでも雲を貫いて月光が地上を照らしている。足元が灯り無しで見える。さすが最も明るい月夜の日。濃い雲の狭間の、薄曇りの向こうにあるまん丸の月。たなびくベールの向こうの輝ける君。もやがかってる方が綺麗なんじゃないか、って思った。女性だってそうだろ? 夜目遠目笠の内って言って。

 

自然って美しいよなあって。秋海棠の記事を書いたときも思ったのだけれど。昔の私はは、花を見ても「花」としか思わなかったし。たいして心動かされることも無かった。でもこの世に「花」なんて花は無いんだな。秋海棠って名前があった。それは大陸から渡ってきた花で、この山奥に至るまで、人と人の間で何度も受け渡しがあったに違いないんだ。それって物語なわけじゃん。そう思えば感慨深いよね。

 

人も同じなんだよ。「人」なんて人はいない。街ですれ違う人たち、みんなちゃんと名前を持っていて。彼ら彼女らにはストーリーがあるんだ。思う事。思う人。みんなそれぞれ違って。

 

そう思えば、この世って面白いことだらけだよな。なんで昔の私は世界のことをツマンネェって決めつけてたんだろ。道に咲く花。通り過ぎる人。何なら石ころだって。目に映るモノ全てが物語だ。それってさ、面白すぎない?

 

私の知らないところで枯れて散る花もあるし、好きな人を想ってもだえる少女とかもいるわけだろ? 面白いじゃん。そういう無数の物語がすれちがったりぶつかったり、交差したり、混じりあったりして、ずっと続いていくんだ。

 

みんな平等にこの満月の下で。みんな気づいてるかな、満月だって。気づいてないならいいんだよ。気づいてないところにも物語はある。美しいものも、面白いものも、好きになれることも、たくさん散りばめられている。いいじゃん。素敵じゃんさ。

 

秋月の風に撃たれり草と人                秋雷

 

ここまで私らしからぬ記事も珍しい。こんな綺麗ごとみたいなのを嫌うひねくれもののはずなのだが。酒は一滴も入れてはいないはずだが酔っているのやもしれぬ。月は人心を狂わせるという。であれば月に酔わされたか。まあ、良夜なので赦す。