革命軍
俺が家に帰ると、いつものようにエリが出迎えてくれた。エリは俺の顔を見ると小さく悲鳴を上げ、俺の右頬に触れた。
「ご主人さま、血が出ています……!」
「かすり傷さ。なんてことは無い」
大袈裟に反応するエリに、俺は苦笑する。仕方ないことだ。俺たちは怪我なんて見たことも無い世代だ。俺の親父や、そのまた親父の時代では当たり前だったことが、俺たちの世代では喪失してしまっている。
生まれてから一度も血を見たことが無い。そんな人間だっているんだ。まだ狼狽すれども気を失ったりしないエリは、気丈な方なのだろう。
「――すぐに手当てを行います!」
「いいよ。こんなもん。じいさんが生きてたら笑われる。『かすり傷なんか唾つけときゃ治る』ってな。よく言ってたもんだぜ」
「唾液をつけると雑菌が傷口から侵入する確率が上がります。消毒しましょう」
エリは融通が利かない頑固な女だ。渋る俺を無理やりソファに座らせると、救急キットをとりに奥へと消えた。
「……まったく大袈裟な。俺たちがしていることからすれば、こんなもん何てことは無いのに」
俺は上着を脱ぐと、その辺に放り投げる。どうせエリが片付けてくれるだろう。
ソファに身を沈ませたまま、リモコンを手に取りテレビを点けようか逡巡する。しかしまだ時間ではない。どうせろくな番組はやってない。
手持無沙汰になった俺の気を察したように、あちこちに設置されたスピーカーから音楽が流れてきた。住宅管理AIの仕業だろう。荘厳なクラシック。俺の今の気分にピッタリで、ますます気分がよくなる。
「化膿する危険があります。ご主人さま、動かないでください」
エリが戻ってきた。落ちている上着には目もくれず、俺のそばにかけよってくる。手には消毒薬。
「処置します」
「はいよ、ありがと」
じいさんが今の俺を見たら何て言うだろうか、と思うが、とはいえ傷から血を流したままでいるのは少しばかり気分が悪い。歴戦の英雄であれど、そうそう負傷することはない俺だ。
「今日は大変だったんだぜ、エリ」
「どうしましたか」
「アンドロイドどもの大群と戦闘していた。俺たち革命軍の何倍もの数だ。俺は最初の五分だけで二十体以上は倒した。それでもあいつらは減っているように見えなかった」
俺は目を閉じる。あの時の光景は今起きたことのように、鮮明に思い出せる。
光線銃で敵を撃つ。どれだけ倒しても、敵はうじゃうじゃと湧いてくる。昔教育ビデオでアリという生き物の映像を見たが、ちょうどそんな感じだ。次々と現れる敵に、俺たちの隊は恐怖した。
「ついに、俺たちの隊は総崩れになった。手が届くような距離まで奴らが迫ってくる。だが、勇気ある同志テリーが敵陣に突っ込んで自爆して、何とか時間が稼げた。おかげで俺は奴らにとらえられることは無かった、だが――」
せっせと傷の大きさをスキャンするエリに向き直る。ここからが話のキモだ。
「ジョージが敵に捕まった。アンドロイドどもめ、網を投げてジョージをからめとると、奴らの巣へとひきずっていきやがったんだ!」
「傷の座標がズレました、再度スキャンし直します」
「ああ、すまないな――で、だ。生き残った革命軍の仲間たちはみんなジョージを見捨てるように俺に提唱した。危険だと。でもな、危険だからだとか、それが合理的だとかで仲間を見捨てるようじゃ、俺たち人間もアンドロイドと大差ねえ! 心を持っているのが人間の証だ! そうだろ?」
「はい、そうですね――傷口を消毒します。動かないでください」
「そこで、俺は言ったんだ。『俺だけでもジョージを助けに行く。仲間を見捨てて平気なようじゃ、アンドロイドと一緒だ』ってな。その台詞を聴いて、俺に反対する奴はいなかったよ。結局、みんなして敵の巣へ殴り込みに行った。まさか巣にまで来るとは思ってなかったんだろうな。アンドロイドどもも面食らってたんじゃないか。結局俺はジョージを助け出して、巣に手榴弾を投げ込んでやった。一網打尽さ」
俺は時計を見る。時間だ。リモコンを手に取る。
「俺の戦いがテレビで流れるぜ――ほら」
テレビを点けると、自動でチャンネルが変わった。ドローンによって撮影された先ほどまでの戦いの映像が流れる。青く塗られたアンドロイドの大群を、俺がバシバシ倒していく……。
「ほら、ここだ、俺が巣へ突入するシーン」
捕らえられたジョージを助けにいく。革命軍の先陣を切り、瓦礫を乗り越えて、俺は巣へと乗りこんでいく――
「ああっ!」
その瞬間、映像の端に映ったものを見つけてしまい、俺は思わず叫び声を上げた。
「なんてこった! ゴールド・アンドロイドだ! 巣にばかり夢中で気づかなかった! あいつを倒せばスコアが倍になったのに!」
金色のアンドロイドが巣へ突入する革命軍の後ろを素通りしていく。こんな目立つ奴を見逃すなんて、なんて初歩的なミスだ!
「救助ボーナスをとることにばかり夢中だった……くそ、ハイスコアいってたかもしれないのに……」
俺の嘆きを余所に、映像は巣の中のものへ変わる。青いアンドロイドどもが、我が革命軍の赤いアンドロイド――ジョージをとらえている場だ。
光線銃を乱射させてアンドロイドどもを倒し、ジョージを救出する。救助ボーナス500Ptと表示されるも、俺の心は今ここにあらずだ。
「ゴールド・アンドロイドは256分の1でしか登場しないのに……」
映像の中の俺は、巣へ手榴弾を投げ込むとあわてて駆け出し、すぐそばにいたテリー――これも革命軍のアンドロイド――にしたたかにぶつかって、頭を押さえた。額に小さく切り傷ができたようで、少し血が流れる。
「ああ、そうそう、ここで傷ができたんだよ。昔はテリーの装甲ももっとやわらかかったけど、さすがにだいぶへたってきたよな。しょうがないよ、親父の代からいる旧式だもんな。アンドロイド工場で装甲を換装してもらわないと」
また金がかかる。政府から支給される金額だけでやりくりできるだろうか、と俺は頭をかかえる。
「座標がズレました。動かないでください」
エリから警告音が鳴る。はいはい、と俺は苦笑いしつつ従う。
相変わらず融通の利かない奴だ。金があったら最新式に買い直すのにな。
せっせと治療する旧式アンドロイドを眺めて、俺はそう思った。
なんかちょっと意図と違う気はするがちゃっちゃと書いた。2500字ほど。
ぶっちゃけ近未来ではほとんど働かずに遊んでばかりいる人ばかりになるんじゃないかな。みんなロボットがやってくれて。だからスーパー過保護な世界になってると思う。しかもヒマだから色んな娯楽が出るだろう。
でも、便利になってもみんな困ったり悲しんだりはするんだろうなー。むしろ便利になればなるほど新しい問題は出てくるんだろう。今作の革命軍はゲーム仕様だったが、本当にそういう人たちもいるだろうし、あえてロボットから離れた自然で生活することを選ぶ人もいるだろう。でもきっとそれもAIに管理された生活なんだろうな……
みたいな。こんなんでいい?
時間すら凍り付く深夜2時半 秋雷