土俵の女人禁制はせいぜい100年程度。

ツイッターでも言ってたけどこっちでも書くね。内容はほとんど同じだから向こうで読んだ人は読む必要ないかも。

 

さて土俵の女人禁制が話題であるが、江戸時代の書物に「女相撲」について書かれたものがあったはずだと不思議に思っていた。江戸時代は女が相撲をとったりしていた。「伝統」だの「しきたり」だのというが、江戸時代に許されていたはずなのに、なぜ現在ではダメなのか。

 

で、調べた結果、どうにも女人禁制の伝統とやらは明治期以降の伝統らしい。せいぜい100年程度の伝統である。

 

北海道教育大学の論文に、《相撲における「女人禁制の伝統」について》というのがあった。そこでは江戸期までは女相撲もあったし、それどころか盲人と女性とを相撲させて笑いをとるといった下劣なものまであったと書かれていた。

 

というか、江戸期の相撲は非常に民衆的というか、低俗であって、たびたび規制にあうような代物だったらしい。あの時代だとまあしょうがないと思うが。

 

明治時代になるとあまりに野蛮で未開な国家なままだとよろしくないということで、文明開化が行われる。その波にのり、低俗な相撲も存続の危機となる。そこで生き残るために「地位の向上」をはかった結果が「創作された伝統」である「女人禁制」だという。

 

なるほど、たしかに女人禁制の島だとか山だとか聴くと、なんだか格式高く思える。たとえそれが、近代に創られた伝統だとしても。身体障害者を嘲笑するために女性と試合させてたような品性下劣な競技と同じものだとは思えない。印象のマジックであろう。

 

相撲協会は 女人禁制の理由として神道を担ぎ上げ、相撲は神事であるとしている。これに関しては、神事としての相撲というのが確かに各地に存在しているため、相撲と神事が全く関係ないわけではないのだろう。しかし大相撲と神事が関係あるものなのか。大相撲は明治期にはじまったものでしかないのに。

 

そういえば、かつて日本の大相撲では四本柱という神を祀る柱が土俵の周囲にあったというが、今では見る影もない。1952年に撤廃されたのだ。柱の影が死角になるとかで。神を祀る柱をそんなことのために簡単に外してしまえる程度の伝統。それもそのはず、その時代だとわずか二桁年の伝統でしかない。忌避感も薄かったろう。

 

なんだかなあ、と思う。神道の政治的利用は明治期の十八番か。それ以後は好き放題に解釈して都合よくしていく。そこに敬意はない。信仰心もない。

 

相撲協会の闇。

 

春なのに暗いニュースばかりなり                 秋雷