姑息な相撲界。で、「豊穣を司る女神」は誰なのだ?

先だって舞鶴で行われた巡業において、人命救助中の女性に土俵を降りろとアナウンスして問題になったわけだが、巡業の責任者である春日野巡業部長は「そのときトイレに行っていて見てなかった」と言っていた。

 

だが速攻で嘘がバレた。その場にいたことを示す写真や動画が残っていたのである。

 

みなさんは姑息という言葉を御存知だろうか。最近では卑怯という意味にもとられるようだが、正しい意味は「その場しのぎ」だという。まさに春日野巡業部長は姑息な態度だったと言わざるを得ない。

 

さてここからが本題。テレビニュースで見たが、相撲協会側が主張する女人禁制の理由は「女性が土俵に入ると豊穣を司る女神が嫉妬するから」だそうだ。

 

なるほど、宇治の橋姫や江の島の弁天みたいな話だし、なんとなく説得力は無きにしも非ずに思える。

 

で、その女神は誰なのだ?

 

神道に関心の強い私はそれが気になった。何故テレビで名前を言わないのだろう、言ってくれれば調べなくとも済むのに。それで仕方なく調べてみたのだが、まったくこの女神の名が出てこない。そもそも相撲関連の神に女神が見当たらないのである。

 

土俵を作る際に祀る相撲の三神とは天手力男神、建御雷神、野見宿禰で、手刀を切るときは神産巣日神高御産巣日神天御中主神の造化の三神に感謝するために切るらしい。が、相撲の三神は全員男神だし造化の三神は別天神で性別がない。女神などどこにもいないのだ。

 

 

先日紹介した《相撲における「女人禁制の伝統」について》という論文では、相撲の女人禁制は「神道における女性を穢れとして忌避するところを所以とする」と言う風に書いてあった。どこにも嫉妬する女神など書かれていないのである。

 

ほう。

 

これは、まさか。

 

まさかとは思うが、これも「姑息」の虫が騒いだ結果なのだろうか。

 

「女性は穢れだから女人禁制」と言えば大炎上不可避である。そうならないための姑息戦法として「豊穣を司る女神」をでっちあげたのではないか。そういえばこの場は炎上せずに済む、と。

 

私の考えすぎか? 私の調べるのが下手なだけか? しかして、土俵のルールにたずさわるほどの神だというのに調べても調べても名前が出てこないのは異常ではなかろうか。

 

 

やれ八百長やら大麻所持やら野球賭博やら新弟子リンチ死事件やら、あげく横綱がビール瓶で暴行事件、そして今回のこれ。

 

2000年代に入ってからのこの短期間によくもまあこんなに、とあきれる。

 

もはや力士を見れば悪党と思えのレベルである。もしや、盲人をあざ笑っていた時代からの品性下劣な精神性を、伝統として粛々と受け継いできたのでなかろうかとすら思える。

 

明日、世界から大相撲が無くなってもいいと思う。いやむしろ無くなれ。何かが歪であるし、大きく闇に閉ざされている。もう滅びろ。

 

春のニュース面白くないことばかり            秋雷

 

 

追記。

 

これを書いた後も色々検索していたが、この女神が宇迦之御魂神ではないかという説があった。なるほど、豊穣を司る女神だ。合ってる。

 

ただ、この神に嫉妬深い印象がない。

 

石長姫などに関連付けて、山の女神が嫉妬深いとするのはわかる気がするが……宇迦之御魂神? 稲荷で祀られている神だ。日本で最も多い神社というのが稲荷であるし、この神が嫉妬深ければ全国津々浦々の稲荷も女人禁制になっているものではなかろうか。

 

あと「宇迦之御魂神 相撲」で検索してもヒット数わずか3000記事程度でしかも、ほとんど有用な情報は得られなかった。ガセ情報であろうか。そもそも宇迦之御魂神に相撲と関係ある感じがない。

 

というか有名な「豊穣を司る女神」が宇迦之御魂神だから言われてるだけか?

 

 

どっちかっていうと、土を盛られた土俵を山になぞらえて、山神の嫉妬と関連付けている方がそれっぽい気がする。その場合は石長姫か。ただ石長姫も相撲見て喜ぶ神か……?

 

たぶんこれ以上ネットだけで調べても有用な情報は出てこないな。昔の資料か何か探る方がいいんだろうが、そもそもこのしきたり自体が明治後のものだから古文書もへったくれもないしな。深く考える方が損なのかもしれない。

 

むしろ相撲で祀る神が不自然なまでに男性神や無性別の神ばかりなんだよな。ふつうならバランスをとるためにそこそこ女性神もいれる気がするが。明治期に造られたからこその男尊女卑というか、富国強兵、男児の武道として売り込むために男性神だらけにしたんじゃないだろうか? ただし戦後にはGHQに干渉されて祀る神が減ったみたいな記述も見られたのでよくわからん。減っても良いんか。むしろ昔の相撲協会柔軟すぎるだろ。明治期には生き残るために女人禁制でっちあげて神事化したり、戦後GHQ神道とのつながりを嫌がったら祭神減らしたり。伝統ってそんなに簡単にコロコロ変わっていいものなのか。