もともと超能力が使えた俺だけど、異世界に転生してみたらすっげえ無双できたwww4

 八つ当たりの結果、鹿を一頭仕留めた。

 俺の“力”を駆使すれば、血を塗った木を遠隔操作で倒すことができる。あらかじめ何本かの木に仕組んでおいて、その場に獲物を追い込めば、罠のできあがりだ。倒木がうまいこと命中したらしく、鹿は首を折って死んだ。たぶん即死だったろうと思う。苦しませて死ぬと肉がまずくなるため、ある意味幸運だった。

 木を五本も使っておいて捕まったのは鹿一頭。おそらく俺は資源を無駄遣いしたかなり効率の悪い捕り方をしているだろう。自然保護団体みたいなものがこの世界にもあったら、きっと俺はやり玉にあげられるに違いない。しかし俺にとっては穴を掘ったり籠を作ったりするよりもはるかに楽で、自然愛護なんて高尚な精神をもちあわせていない以上、辞める気はない。

 いずれこの森の木は俺が全部腐らせてしまうかもしれないな。その時はどこか別の森に移り住むか。

 口に石のナイフをくわえ、鹿の死体をかついで歩く。少し重いが、この程度の重さなら雨の降る森の中でも問題なく運べる。野生児そのものの生活をしているため、前世の俺よりも今の俺の方が身体能力が高い。

 全裸のまま鹿をかついで歩く原始人さながらの俺。身体は雨に濡れて体温を奪われていくが、それが逆に心地よい。動物を殺すと少し気分が晴れる。原始人なんてそんなものだ。

 と、――。

 洞窟まで帰ってきた俺だが、なんだかいつもと雰囲気が違うのに気付き、足を止める。顔をしかめる。

 野生児特有の勘のようなものが働く。誰か――洞窟の中にいる。

 俺は身体の毛という毛が逆立つような感覚に襲われる。

 槍も持ってない上に、そもそも服すら来ていない。この森において生態系の頂点に君臨する俺がそうそう殺されるとは思えなかったが、どうにも心もとない。

 鹿をその場にそっと降ろすと、ナイフを手に取る。いつでも血を出せるように手首に切っ先を当てつつ、おそるおそる洞窟の中を覗きこむ。

「あ――?」

 ――クディタだ。

 クディタがいた。

 全裸で、縄で後ろ手に縛られ口には布を噛まされたクディタが、震えて座り込んでいた。

 あばらが浮き、がりがりに痩せた胴体。もう女としての機能を持っているはずだが、全くそうは見えない枝人形みたいな身体。皮膚のあちこちを紫色のあざでまだら模様にしている。

「な、なん――」

 思わず声を出した。あまりに予想だにしていない事態だった。

 クディタは振り返った。俺に気づくと、こちらを見てぽろぽろと涙を流した。

 全裸同士で見つめあうこと、2秒。

 ――前世だったら、確実に捕まるな、これ。

 

 

 クディタの縄を解いて、俺の毛皮をかぶせてやった。おかげで俺は全裸のままだ。

 前世から数えれば三十年あまりの人生で、全裸のまま少女を介抱してやる経験など無かった。どことなく気恥ずかしい気分になる。いくら原始人同様の生活をしていても恥ずる心はまだ持ち合わせている。

 かなりきつく縛られていたようで、手首に赤い縄の模様がついている。ところどころ皮がむけて血がにじんでいるのが痛々しい。

「……なんだよ。何があった?」

 ずっと無言のまましくしく泣いていたクディタは、俺の問いかけにぽつりと口を開く。

「……逃げて、きました」

「何からだ? 村か?」

「う、売られるの、で。わたし」

 俺はまゆをしかめた。

 ――売る。

 その一言で合点がいった。

 なるほど。あの貧しい村としても親無し子をいつまでも食わせておく義理はない。金に換えられるなら換えた方が良い。前の村長ならともかく、今の村長ならそう考えてもおかしくない。

 たしかこの国では非常に良心的なことに人身売買は禁止されていたはずだ。表立っての取引はできない。服を剥いて、縄で縛り、箱詰めして積み荷か何かに紛れさせて売り飛ばす気だったのだろうか。

 だが、おかしな点が一つ。

「おまえ、ガリガリじゃねえか。よく俺によこしていた果物はどうした。どこで手に入れた?」

 びくり、と痩せた身体が大きく跳ねる。大きな涙の粒がまた頬を伝って落ちる。脱水で死んだりしないだろうな。

「あ、う……ご、ごめんな、さい」

「何がだ? 何を謝っている?」

「ぬ、盗みました。ごめんなさい……」

 怒られているとでも思ったのだろうか。深くうつむいて震えている。

 この痩せた体。どう考えても満足に食事を与えられていない。空腹を抱えたまま、俺の元に果物を運んできたのか。自分で食べればいいものを。危険を冒してまで。

 身体の痣は盗みを見つかったから殴られてついたものか。それとも日常的に暴力を受けていたのか。

 空腹よりもつらい事、か。

「……わかった」

 しゃがみ込み、震える少女の両肩をつかむ。顔を上げた、その不安に満ちて涙をこぼす目を覗きこむ。

「今から言うことに全て『はい』と言え。さもなければ俺はお前を殺す。脅しではない。俺は本気だ。本当に殺す。わかったか?」

「…………、は、い」

 少し絶望したような、ほとんどあきらめたような表情。前にも同じような事を言われたことがあるのだろうか。俺は肩をつかむ手により力をこめる。

「おまえは俺の言うことに逆らうな」

「……はい」

「おまえは俺のことをソータと呼べ」

「……は、い?」

「おまえは村を捨てろ。これからは俺とくらせ」

「…………う、……はい」

 想像もしてなかった命令に、きょとんとしたような表情になっている。そりゃそうだろう。俺自身、自分が何を言いだしているのか理解できない。

 俺の脳みそはポンコツなのだ。こればっかりはどうしようもない。

「クディタという名を捨てろ。おまえの名前は今日からエミだ。エミと呼ばれた時だけ返事をしろ。わかったか」

「……は、い」

「最後に――俺が帰ってくるまでここにいろよ。絶対に動くな。俺はちょっと出かけるからな」

 涙を止め、不思議そうな顔でこちらを見る少女。どう考えてもおかしなことを言っちまったよなと自覚するが、もう決めてしまった異常は押し通るしかない。

「ちょっと村一つ腐らせてくるわ」

 それだけ言って洞窟を出る。

 久々に生まれ故郷に帰る。そしてそこに居る人間を全て破壊する。

 たぶん布の服をたくさん奪えるだろう。鉄器もだ。村中の金をかき集めれば、文化的で上等な暮らしというのがちょっとは味わえるんじゃなかろうか。

 少し心躍った。

 所詮は怪物は怪物であって、人間としてくらすなんて不可能なのだ。であれば怪物らしく振る舞うしかない。その方が自然だし、その方が楽だし、その方が楽しい。

 殺戮兵器は殺戮兵器としての機能を果たしてさえいればいい。

 全裸のまま歩く。もはや見られても構うまい。見た人間は全て殺してやる。