何をもってして面白い小説とするのだろうか

面白い物語には規則性がある。王道だとかなんだとかいうが、結局は規則性に従うから面白いのだ――のはずだ。

 

ううむ。わからん。

 

たぶん、AがBを経てCとなる。というのが物語のひな形に思う

 

A→B→C

というよりは

 

  B

  ↓

A→→→C

みたいな感じか。Bというものの影響を経て、AはCになりました。みたいな。

 

科学の実験で習った触媒に似ているかもしれない。

 

過酸化水素二酸化マンガンという触媒を足すと酸素と水素に成りますよ、みたいな。

 

この場合の二酸化マンガンが小説における「事件」だ。

 

物語中、主人公は何かの事件を経て成長し、事件後の主人公と事件前の主人公では別のものとなる。実のところ主人公の成長自体は事件が無くとも起こりうる。その辺りが触媒っぽい。

 

触媒は化学反応を強制的に起こさせる。激しく反応させる。たしかそんなもののはず。

 

主人公は事件によって成長を強いられる。それはたぶん「選択」を強いられることに等しいのではないだろうか。つまりは、未成長の彼から、境界線を越えて、成長後の彼へと移行することを主人公が選択するということ。

 

つまりは
     事件

     ↓

主人公→→→主人公’

みたいな感じか。

 

主人公が変わるということは世界が変わるということ。何故なら主人公の主観で物語が語られるなら、主人公’の主観は主人公の主観とは変わるはずだからだ。主人公が変わることで彼の目に映る世界だって変わる。読者諸氏にも、幼少期に見た世界と今見ている世界はもはや別のものになったという体感があるはずだ。

 

――と、いうのが物語の骨組みなんじゃないのかな。でもここまでわかってて実際にやるとなると何であんなことになっちまうのやら……

 

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