山奥ニート、ネズミを捕る

捕らえた。

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ガサガサと不穏な物音がしたために見やると、自室のプラごみ入れの袋の中に入り込んだのを発見した。袋の口をつかんで逃げ道を無くし、軍手で手づかみにした。ジャムの瓶に閉じ込めた。

可愛らしく見えるだろうか? 私にとってはにっくき害獣である。もちろん殺した。ジャム瓶を水につけてふたをゆるめて。溺死。

 

かわいそう? 知ったことか。ネズミは害獣である。

 

まずネズミは人間の食物を盗んで食う。さらに奴らの体表は雑菌だらけである。食物に雑菌がつく結果となる。

 

連中は様々な危険な病気を媒介する。有名なのはペストで、これは黒死病とも呼ばれ、14世紀ヨーロッパにおいて猛威を振るい人口の三分の一相当の2000万人を死に至らしめたと言う。ペスト以外にもネズミ咬傷なども恐ろしい。

 

あと、電気ケーブルなどを噛みちぎる。これが最も恐ろしい。LANケーブル噛みちぎられたらネットが大変なことになる。

以上のことより、万死に値する生き物であると言えよう。

 

まあ、個人的には第四の理由として「カントリーマアムの怨み」があるのだが。

殺伐とした大自然広がる山奥において甘味類は貴重であり、特にカントリーマアムは個人的に好物である。それも実家から送られてきた「カントリーマアム 至福のココア」であって、普通のカントリーマアムとは一線を画す品だった。

 

楽しみにとっておいて、少しずつ食べていたのだ。

「カントリーマアム 至福のココア」は至福のココアと言うだけあってとてもおいしい。自分の拙筆ではそのおいしさを表現しきれないが、それでも書いてみるなら。



まず個包装を開けた途端に、チョコレートの軽やかな香りが鼻腔をくすぐる。その途端に、「ああ、カントリーマアムだなあ」と思う。それと同時にいつものチョコレートよりもカカオの強さを感じて、すこし高級というか、気品のごときものを感じる。この時点で胸の中は期待感でいっぱいであり、口の中に唾液がじわりと湧く。

 

色合いは、良く日に焼けた乙女の肌のごとき濃いココア色である。それを指でつまみ、口に運ぶ。恐る恐る歯を触れさせてみれば、母が幼い子を抱擁するがごとくそのしっとりとしたクッキー生地は優しく歯を受け入れてしまう。その瞬間に口腔内にココアの香りが、降り注ぐようなあの夜空の星々の様に広がる。甘味に加え苦みをも内包したその香りはそれこそ恋に落ちてしまいそうな魅力をたたえ、ある種の甘い暴力のようだ。噛むごとに生地の濃いココア味とつぷっとしたチョコレートチップの味が、期待感のあまりこぼれそうになっている唾液と混ざり合い、広がり、楽園の心地。一噛みするごとに幸福な甘味が、脳の奥の奥をスパークさせ、何も考えられぬ無我にして無私の境地へと至る。

そこは宇宙である。言ってみれば、私と「カントリーマアム 至福のココア」しかない宇宙である。重力などという足枷が解き放たれ、多幸感に抱かれて漂う。これを幸福と言わずして何というか。

 

ふと我に返れば口の中にはもう「カントリーマアム 至福のココア」の姿はなく、さざ波の引いていくかのように興奮と感動が去っていく。あれは夢だったのだろうか、と白昼夢を抜けた者のようにぼんやりとした後、あらかじめ淹れてあった熱いコーヒーをすする。当然のごとくコーヒーは混じり気のないブラックであり、あの甘い夢から現実に帰ってきたのだということを再認識させられる。それでいい。それでいいのだ、と心中で唱える。

言ってみれば、「カントリーマアム 至福のココア」を嗜むというのは、麗しき貴婦人との秘密の逢い引きのようなものである。小高い丘の古く巨大な洋館に住む、あの美しき貴婦人だ。私のような一般庶民が、と畏れ多く感じるとともに、その光線の如く放たれる強力な魅力には抗うことはできない。夜の女神にでも魅入られた者の様に、ふらふらと追従するより他にない。そんな、あの貴婦人――。

 

それをだ、18枚入りであるが故に、大切にして1枚ずつ大事に食してきたのだ、私は。1枚ずつ個包装に包まれているので衛生的にも問題はない。だが、それを、あの小さき害獣は――。

 

最後の一個。最後の一個だった。自分へのご褒美と称し、コーヒーを淹れて、さあ食べるかと個包装を持ってあまりの軽さに驚愕した。中を開けてみれば、カントリーマアムの姿はどこにもない。よくよく見れば、個包装に小さな穴があけられている。

 

絶望。絶望だった。あの麗しき貴婦人との逢瀬を、たかが齧歯類の分際で台無しにしたのだ。もう食べるつもりであって、心も体もその準備を終えていたが故に、その絶望は氷柱のように私を射抜いた。膝をつき、拳を握りしめて、私は復讐を誓ったのだ。

 

――必ズヤ彼ノ憎キ害獸ヲ斃ス。

 

大切なものを失った復讐者の、執念というものを侮ってはいけない。

 

そもそもたかが一匹小ネズミを殺したからと言って、この怒りが収まるわけではない。願わくは三千世界すべてに蔓延るネズミどもを根絶やしにせんやと。もうとりあえず、あのネズミは無間地獄なり黄泉の底なりの闇にさいなまれて永遠に苦しめばよい。彼奴が死んだとて、私は赦さない。絶対にだ。

 

降り月貴婦人の如きクッキーや              秋雷

 

しかも「カントリーマアム 至福のココア」は期間限定商品だったようで検索かけてもでてこないし。もう手に入らない。この大罪は万死に値する。私はもはや、修羅の道に堕ちた復讐鬼となったのだ。

 

もう、後には戻れない――。