夫婦別姓という意味がわからない。

日本でも夫婦別姓にすべきという人たちがいるが、私は大反対である。

 

まあ、思想的に「極右・超保守」な私が賛成するはずもない。おまえなんで山奥ニートやってんだってくらいの昭和思想家がこの私である。ちなみに昭和思想家としては、実のところ山奥ニートという立場はあまりよろしくないと思っている。当来、若い男であるならば働くべきである。社会から背を向けて山奥へ逃げ込んだ敗残者が如き所業である。男らしくはない。これは戦略的撤退であると言ってみるも、やはり後ろめたい思いはあるし、ずっとこのままではいけないとも思う。その話はまた今度しよう。

 

夫婦別姓である。

 

よくわからないのだが、あまりにも姓をそろえたくないが故に事実婚状態でいることを選択する者もいるそうな。その感覚はよくわからない。

 

そもそも私の中では姓をそろえることを結婚と呼ぶのだと思うのだが。

 

 

個人的には婚前交渉というのを如何かなものかと思うのだが、さすがに今日の日本においてはこの論理は通じまい。私にのみ適応されればよかろう。

 

で、あれば、世俗のカップルたちは結婚前からセックスを行い、いっしょに棲んでみたりするわけだ。それで結婚しても姓氏をそろえないとなると、もはや結婚と交際の差が希薄すぎやしないか。役所に提出する紙面上のみの婚姻関係となろう。

 

そもそも別姓の時点で家族とは言えまい、と思う。一緒にいるだけの他人じゃないか。

 

 

当来、姓をそろえるというのはその家に入るということである。こういうことを言うと過激派フェミニストから「忌ムベキ家父長制」テロに会うのだけれど、個人的には家父長制の何が悪いのか皆目見当もつかないのでヨシとする。

 

仮に山奥ピエールさん家に嫁がきたとしよう。名前は仮野嫁子(仮称)さん。

 

嫁子さんは従来の仮野姓から山奥姓になるわけだが、これは嫁子さんが山奥家に入り、山奥家の一員になること示す。もはや嫁子さんは山奥家の家族であり身内である。当然、山奥家の家族は身内を全力を以って庇護するべきである。舅や姑による嫁いびりなど言語道断である。姓をそろえ家に入った以上、もはやその家の一員であり、丁重に扱うべきである。その家系における上位者は下位者を庇護せねばならない義務があると私は考える。上位者が下位者を攻撃するなどというのは人として恥ずるべきことである。上位者は上位者である以上、下位者に尊敬されるべきで、そのためには尊敬されるための立ち居振る舞いが要るだろう。家父長制とは「無条件で家の長が偉大である」というわけではない。長に長らしく振る舞うことを強いるので、当来、長の方が苦しくあるべき制度である。それを勘違いして下位者をいじめたりするのは愚かである。

 

しかし別姓なら話は別だろう。姓が違う以上は他人である。当然、嫁子さんは山奥家の者ではない。家族でないなら別にどうとでも構うまい。大切なのは家族であって、家の内を平和に保つこと。家の外の者まで気遣うことはよほど余裕のある者にしかできまい。

 

姓の英名はファミリーネームである。家族の名前だ。これは所属する家系を意味する名である。山奥さんなら山奥という家系に属することを意味する。同じ姓を名乗るなら同じ家系に属し、当然に家族である。そう、姓をそろえて家族になることを結婚と呼ぶのだと、私は認識している。これが違うという事は別々の家族に属しているわけで、つまりは家族ではない他人である。結婚ではないと思う。

 

男女平等といえば、そもそも夫婦同姓でも「婿入り」制度があって、男の側が女の家系に入ることが認められている以上は、十二分に男女平等の制度だろうと思う。

 

そもそも夫婦別姓などと言うことが議論されなければいけないような社会だ。もはや家族という単位自体が揺らいでいるのだろう。だったら結婚などしなければいいのだと私は思う。「家族」になりたくないのに結婚はしたいなんて、意味が分からない。

 

簡単に名前を変えることができないこの日本において、唯一、比較的平易な手段で名を変えることができるのが婚姻制度である。あらゆる紙面において表記される名前が変わるのだから、これはすごいことだ。それはあらゆる紙面上において、二人が家族になったことが認められているということに他ならない。こうあって、夫婦になり、家族になる。

 

夫と妻の名前がそろって書かれた時に、同じ姓が並ぶ。そういうのを見て、「ああ、結婚したんだな、家族になったんだな」と思うモノではなかろうか。そういうのが幸せなんじゃないのか。私が結婚したことがついぞないので想像の範疇でしかないので恐縮であるが。

 

いささか婚姻に対して夢を見過ぎか? うちの両親が割と夫婦仲が良いので、婚姻に悪い印象を持っていない。最近はそもそも婚姻そのものに夢を見れない若者も多いと聞く。不幸ではなかろうか。

 

君の笑い声色なき風の中                 秋雷

 

何でもいいが、父の姓と母の姓が異なる子供というのは何と思うのだろうな。夫婦別姓推し進めたい人たちは、子供のことまで考えた上で言っているのだろうか。自分のよくわからない欲にだけかまけているように思えてならない。子のためを思えば、夫婦がきちんと家族としての責務を果たすのが、よい。私はそう思う。

 

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