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ゲゲゲの鬼太郎の6期やるらしい

ちょっとうれしい。

 

http://www.toei-anim.co.jp/kitaro/

 

50周年記念だって。しかも前回から9年ぶりらしい。まじか、もうそんなに経ったか。前回5期といえば猫娘がコスプレ要員だったのと、栄螺鬼が「下駄美味い下駄美味い珍味だよこれは~」って言ってたのが思い出深い。猫娘がオレンジ色の髪してたんだよね。他では紫色だったりするけど。

 

鬼太郎といえば、最も勝つために手段を選ばない主人公の一人だと思う。

 

胃液を吐いて溶かす。丸呑みして消化する。指を切断して発射する。髪の毛を針のようにして発射する。髪の毛でからめとる。この辺の攻撃は主人公というより敵側の攻撃のようだ。しかも指鉄砲と髪の毛針では執拗に相手の目を狙いに行く。

 

いやー、かっこいい。胃液吐きつけるとか目を狙って指飛ばすとか主人公のやることではない。だからこそいい。上記以外にも多彩な能力があって、たいていどんな状況でも何とかなってしまうというのもいい。

 

作者の水木しげる先生といえば、妖怪界隈では神か仏かと崇められるほどのお方だ。江戸期にはすでに妖怪モノが流行っていたが、近現代における妖怪ブームの祖は彼であろう。偉大である。

 

あと、宿敵・バックベアード。妖精バグベアから名をとって水木先生が創作した創作妖怪であるが、あの存在感は凄まじい。相撲だっつってんのに毒針指して相手を昏倒させるなど、卑劣な手段を平気で使ったり。バックベアードがまたかっこいいんだよなー。5期でも出てたけど、バックベアードは親玉的存在で、当人はほとんど何もしてなかったから……6期には期待したい。

 

あと、豆知識としては、塗り壁を壁から手足生えたように描いたのはおそらく水木先生がはじめてなんだよ。実は江戸期のぬりかべはでかい犬みたいな姿だった。でも今では手足生えた壁のイメージのが強いから、鬼太郎の影響はデカい。

 

あの手塚治虫すら嫉妬して、どろろを描いたという。いや、嫉妬するよあれは。めちゃ面白いもん。

 

鬼太郎好きだなー。

 

最初の一文

小説において、最初の一文はかなり重要な物であろう。

 

それが面白くなければ、そもそも読んですらもらえない可能性がある。

 

旅人にとっての偉大なる一歩であり、どこへ行くのかを決定づけるものである。

 

 

私は、私の子を、どこへ行かせればよいのだろうか。そのためには何をすれば?

 

悩むばかりである。

G先生がついに動画を上げた

www.youtube.com

 

今さらながらまた説明すると、G先生ってのは私といっしょで、共生舎に住まう山奥ニート。ユーチューバー志望。しかも離れ組。

 

離れ組は、バナシさん、私、G先生の3人。バナシさんは今回「本書く」って言って頑張っている。G先生はユーチューバー志望で私は小説家志望なので、共生舎でもクリエーター系山奥ニートが習合しているのが離れ組である。

 

あー。まずい。

 

バナシさんの本出す話もどんどんまとまっていっているみたいだし、G先生は動画出すし……まずいな……私だけ置き去りになっている感。

 

書かねば。

 

あと他人が動画出していると自分も出したくなるな……くっ……

 

んー。今はやるつもりなかったけど、無理に時間作ってやってみようかな……私のやりたいのはG先生よりも手間かからないだろうし。

 

とにかく、G先生の躍進がこの動画からはじまるのだ。君らが目の前にしているのが、伝説の始まりである。

基礎さえしっかりしていれば大抵のことに苦しむことは無いのでは

思うに、急いて基礎をすっ飛ばしてしまうと、結局何にもならぬ。

 

自分の小説がほぼそれであって、今、基礎から固め直そうと勉強中であるが、最初からやっておけばよかった感が凄い。

 

何においても、おそらくそうだろうなと思う。

 

基礎をきちんと押さえておけば、そこそこしっかりしたものは出来上がる。とりあえずはその「そこそこしっかり」ができていればいいのだ。それを踏まえて応用をしていけばいい。

 

「そこそこしっかり」すらできないのに応用をしようとするのでわけのわからないものができあがる。阿呆かおのれは、と。

 

むずい……。こんなむずかったのなー。でもむずいなりにここ押さえれば後は楽だと思うので。耐えて勉強するしかないな。ふうむ……。

何気に、ブログ250日連続更新してる。

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すごくない? 250日間毎日更新ですよ?

 

まあ、内容の無い記事の日も多数ありますがね……

 

内容が無いよう、なんちゃって(ブリザード)

 

ただ色々と思うところあるな。

 

1、実は昨日から俳句をつけてない

 

私のブログの特徴として、ブログ末尾に俳句をつけるっていうのがあったのだが、昨日からやってない。

 

これの理由としては

①需要無い

②クォリティが低い

③しんどい

の3点。①、③はわりとどうでもいいのだ。②が致命的。

 

たとえ需要が無かろうがしんどかろうが、納得のいく作品が作れるならいい。でもあまりにもクォリティが低すぎる。成長がみられない。

 

これはブログの末尾につけようと思って詠んでいるから。俳句を詠もうと思っているわけじゃない。ブログを書くための句はあまりにおざなりで酷い出来である。

 

あと何か月か後に時間が取れる時期がくるので、それあたりからまたやり直したい。それまで一端俳句はお休み。

 

ちゃんと時間とって、ちゃんと向き合わないとだめだ。そん時はついでに短歌の勉強もしたいな。

 

2、そもそもブログしんどい

 

いや、もうマジでしんどい。何書いていいかわからんし。

 

毎日更新にすればコンテンツ量は豊富になるし、アクセス数もあるていど固定化されるけど、一つ一つの記事のクォリティは激減するし、なんか朝三暮四的な悪さを感じるな……。

 

本当は数日おきの定期更新に切り替えて、クォリティの高いコンテンツをある程度提供し続けるって方がいいんだよな。ゴミ記事を量産することに何の意味があるのか?

 

でもせっかく続けたので今更辞められない感。これはねーどうしようもないね。少なくとも自分の目的を達するまでは毎日更新で……願掛けみたいなものよね……

 

しょうがない。でも毎日強制で文章書いているので文章書く癖はよくついた。こういうメリットも割と多いので、まあいいんでないでしょうか。

 

 

 

山奥に辿り着くまでの途上で、ホントにあった話

私は、和歌山の端から目的の駅まで向かう電車に乗った。

 

和歌山県は若者の流失率ナンバー1だと聞いていたが、ガラリとした車内には、若い男が何人か乗っていた。和歌山県にも若い男はいるのだな、と他人事のように思った。

 

しばらく本を読んでいたが、ある程度読み進めたあたりで疲れてしまった。昔は一冊読み終わるまで本を閉じることは無かったのにと苦笑し、顔を上げてぼんやりと周囲を見た。

 

若い男がいた。

 

たくさんいた。

 

今やこの電車の乗客においては若い男以外の方が少ない。空いている車内に点々といる乗客の過半数は若い男だった。

 

平日の昼間に?

 

それも、若いのは男だけだった。若い男がたくさんいれば若い女もいそうなものだが、見渡す限り、男ばかりなのだ。異常な空間に思えた。

 

私はぶしつけに一人の男の顔を見つめた。視線に気づいたのか、その男と目が合って、顔をそらした。

 

その時気づいた。

 

彼からすれば、私も不可思議な若い男の一人なのだと。

 

何か作為的なものを感じた。まるで私がこの電車を選んで乗ったのではなく、電車が私を選んで乗せたような気持ちになった。

 

何だか不安になった。

 

結局、電車は終点に着き、私を含め若い男たちはみんなそこで降りた。何かこの田舎で催しでもあったのだろうと思うのが妥当か。そう思うことにした。

 

だが、不穏な気分は晴れなかった。

 

 

今回、山奥へ帰る道中にあったホントの話。何だったんだろう。20代前半くらいの子がたくさんいたんだけど。大学の何か? でも男ばっかりなんだよな……?