山奥ピエールの「山奥ニートだけど小説書いたり俳句詠んだりアナログゲームやったりブログ更新したりで毎日が忙しすぎる」の読んでほしい記事一覧

トップ固定記事。個人的にお気に入りの記事を貼っときます。

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山奥ニートだけど、アイドルの結婚騒動について世間が騒いでいるのを不思議に思う

山奥だとニュースとか全然見なくなる。どうでもいいからだ。

和歌山の山奥からすれば、ニュースの中の出来事は「所詮、下界の騒動」であってどうも他人事みたいになってしまう。親元で働いていた時に隣国との関係だとか政治家の不始末だとか、自分勝手な犯罪だとかのニュースを見るにつけ、一々業腹だったものだが、今や何とも思わない。仙人の境地だ。

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ちょっち、アナログゲームの記事お休みしたい。

シェフィの記事書こうとしたんだけど、すんげえめんどくさかった。

 

というか、今やるべきことなのか? っていうのが大きい。暇なら良いけど、今は小説を書くべきじゃないのかって。締め切りが割と近くなってて、ピンチな中、やることはそれなのかって。

 

そもそもブログとしては、すでにアクセス数1日100を達成し、目的は果たした。今やるべきことはブログコンテンツを伸ばすことではなく、本来の目的に沿うことではないのか。

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物語るとは?

小説を書くとは「物語る」ことなのだろうけど、では何をもってして物語ると言うのか?

 

たとえば、

「朝起きて朝食を食べて外出した」

これは物語として成り立っているだろうか? いや成り立たない。ただの日常だ。

 

「朝起きたら眼鏡が見当たらない。見えづらい状態で探してみれば飼い犬の寝床にあった。盗まれていたらしい」

これくらいなら物語としてあり得るのではないか。「いやー、今朝起きてみたらさぁ……」などという切り出し方で他人に披露することができる。

 

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あえて暗黒の学生時代についてここに記す

私が人生の内で一番帰りたくない時期が学生の頃だ。よく学生時代に帰りたいなどと言う人のことが信じられない。今がサイコーだ。学生時代なんて絶対戻りたくない。

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こう、アクセス数の上下が楽しいみたいに。

ブログのアクセス数のグラフを眺めるのが楽しい。

 

単に数値化してあるものが上下するのを見るのが好きなだけなんだろうけど。目標だった1日100アクセス程度維持ってのができるようになって、もうブログについては割と満足だ。

 

これを日常に生かせないかなって思う。

 

こう、自分の好ましいことをするたびにポイントを付けていくとかさ。

 

朝早起きできたら+5ポイント、家事をしたら+5ポイント、ブログを書いたら+5ポイント、小説を書いたら……ってな風に

 

小学生みたいだけど、でも効果はあるんじゃないかな。どうも共生舎だと時間の無駄遣いをかなりやらかしちまう。もっと有意義に時間を用いたいなと思う。

 

まんじりと部屋に終日蝗かな           秋雷



何でもいいが、「終日(ひねもす)」なんだな。かっこいい。「終夜」で「よもすがら」か。終生も一生と同じような意味だし、終わりを意識することでその間中って意味にしちゃうんだな。ふうむ面白い。

食物連鎖

私の部屋ではよくイナゴとかカワゲラなんかのやや大型めの昆虫類が跳梁跋扈しているが、とんと死骸を見ない。

 

そして、私の部屋ではイナゴを見た次の日にはよくアシダカグモを見る。たぶん食われているんだと思う。我が部屋で勝手に食物連鎖が起きている。まあ部屋を汚されないで済むのはありがたい。

 

クモはいいんだけどムカデは来ないでほしいなあ……刺されると厄介だ。

 

つい昨日も部屋の掃除をしていたが、虫の死骸は見なかった。ただ買ったばかりの掃除機故にかカーペットから吸い上げたほこりがすごい。

 

今日はG先生が掃除をしてたっけ。そういえばG先生の部屋にはアシダカの抜け殻が何故か飾ってある。

 

個人的には蜘蛛は好きな虫だ。虫の中で一番好きだと言っていい。アシダカを見ると少しテンションが上がる。こっちに来てから見過ぎて最近食傷気味だが。私個人がセアカゴケグモ相手に一つ小話を持っているので、いずれそれも披露しよう。

 

蜘蛛は肢が八本あるのが良い。昆虫類は六本肢だが、蜘蛛の八本となると末広がりだ。縁起がいい。ハエトリグモなんかの肢が短い種はそれはそれで可愛らしく、逆にアシダカなどの長い肢の種は優美である。人に害を持つ種も少ない。それこそ日本ではセアカゴケグモくらいだろう。良い。蜘蛛は美しい。

 

蜘蛛這うや夜半の孤独の部屋静か        秋雷