人里に降りたがゆえに知る山奥の本質

距離を置いてはじめてわかることがある。

 

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何か審美眼だけが上がっている気がする

昔読んだ時は違和感なく読めた小説が、今読んでみると文章に突っかかる。なるほど、新人作家の作品であるし、そもそもライトノベルだし。文章下手である可能性は十分あり得るんだけど、でも昔は気づかなかったんだよなあ。

 

審美眼だけ上がっても、私の文章力自体はそんなでもないからダメだ。おいおい……。

 

審美眼ないよりあったほうがいいけどね。それで気づくこともあるし。基本だけど、やっぱり長文はだめだね。コンパクトにした方が良い。あと過剰装飾も鬱陶しい。過剰装飾やりまくるタイプだからこれキツいけどねえ。

 

やっぱり装飾はキメ撃ちすべきかなー。辛いなあ。

 

今日あたりから、プロット書くよー。ここに載せる気はない作品だけどね。ここに載せられる作品を書ければいいんだけど、なんか公開できる作品は途中でやる気なくなっちゃうんだよねえ……

 

腐草すら蛍となるやメランコリー             秋雷


一見おしゃれに見えるが意味不明句。やる気ねえ。でもメランコリーという語自体は良い語であるので別の季語でリベンジしたい。

私が思うに小説という奴は

何を書くかということより、書くことで何を伝えたいのかってことが大事なんじゃないのかなと思う。

 

SF小説ではよく「人間とは何か」という問いが見られる。機械・人工知能・ロボットと対比される形で、「人」を考えさせられるような物語を多く見る。

 

人間って何だろう。人の属性は善であるとか悪であるとか。人は考える葦だとか。人は闘争するものだとか。人らしさとは理性であるとか。優しさだとか。いろんな哲学者や宗教者が人間って何だろうってテーマを考えている。きっと全部当たっていて、全部外れているんだと思う。

 

「人間って何?」っていう問いは、「おまえは何?」って問いに等しいのではないかな。自分自身の存在を問う。「我思う故に我あり」なんて言うけど、あったからなんだ。自分がナニモノなのかよくわかっていないのに、ただ存在していることだけハッキリさせたってしょうがないじゃないか。

 

自分の中で「人間って何?」って問いには、自分なりの答えを用意してある。それはあえてここでは書かない。

 

だからさ、小説を書くときにその自分なりの答えって奴を十分に有効活用するべきなんだよ。自分は無為に哲学っぽいことを考えるのが好きなくせして、小説に転用しないからバカなんだよ。そこ一番転用すべきだろ。

 

「人間とは○○である」という自分の出した答えを作品で表す。それが正しいかどうかは読者が判断することだろうが、その是非に関わらず、読者の心に対してシコリというか、クサビというか。そういうものを打ち込めるんだろう。

「私が考えるに人間は○○である。君はどう思う?」というのを物語に偽装させて問うのが小説のあるべき姿ではなかろうか。私はそう思う。私の作風的にはエンタメ書きであって純文学とか欠片も興味ないけど、だからこそ思う。

 

考える事ってのはエンターテイメントだよ。大衆こそ思考すべき。

 

人の無き夜のプールを想起せり            秋雷

 

ちょっとやる気出てきたかな。人里に身体が馴染んだ感ある

 

独自の文体ってやつを編み出したいなあ

日本人の小説家ってやつは、文体に特徴があるケースが多い。作家ごとの「背後で爆発音があった」まとめみたいなんを読むたびにニヤニヤしてしまう。なるほどね、そうだよね、って思う。

 

結構、文体に特徴のある作家が好きだ。森見登美彦とか矢部嵩とか。

 

矢部嵩は不安になる文体の割に情景だけはスッと頭に入ってくるから不思議だ。スラスラ読みこめる割に不気味な違和感ばかりが心にしこりとして残る。ホラー向きの文体だ。淡々としているようで、飄々としているようで、その実、べったりとした不穏な空気をまとっている。好きだなあ。ああいう文体憧れるなあ。

 

まあ、独自の文体云々よりも普通の文体をこなせるようになるべきだろうけどなー。文章下手だから……。

 

小説書くたびに文章で躓くんだが、でもこれに関しては最近、クリアできる気がしている。違和は間違った部分があるから違和なので、それを見出して逐次消していけばいい。時間はある。時間をかければいい。

 

独自の文体ね。思うに同じものを見た時にどこを見て何と評するかにあるように思う。背後で爆発があったなら、その爆発に対して何と思ったか。どこに着眼するか。それが

平凡であるなら、独自には程遠い結果になろう。

 

自分は人称で言えば、一人称で書くことはあまりないんだけど、とは言っても三人称っていう三人称も書かない。いわゆる「一人称型の三人称」ってやつ。いいとこどりの。でもこれクセモノよねー。いいとこどりであるが故に、どこまで一人称に寄せていいのかわからん。結果、ぐずぐずになってたりする。好きなんだけどね。っていうか一人称で書くの嫌いなんよ。主人公の「我」を前面に押し付けられている気がして辟易する。作者がパペットマスターなのか、それとも主人公が作者をパペットにしたててるのか。どうあるのが正しいだろうね。

 

とりあえず、はっきりと書こう。この言葉は要るから入れるのだという意識をもって書こう。そういうの大事だと思う。それだけの集中力が続けばいいのだけれど。

 

サイダーの泡に溶けゆく夜の景              秋雷

 

もうやる気なさ過ぎてブログ記事と欠片も関係ない俳句だわ。なにこのおしゃれ俳句っぽいおざなりな句は。シャンパンとか言わずサイダーとか言っているあたりがアダルトチルドレンの私っぽいけどな。

 

100日連続更新記念

f:id:yaba-raiko:20170817201553p:plainってもチート使ってるけどね。共生舎電波途絶えるからしょうがないっちゃしょうがないけども。

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書くことがねえ

人里でこれ以上、何を書けばええねん。

 

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逆ホームシックが酷いので、山奥に初めて来た頃の話でもする

帰りたい、あの山奥へ。

 

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