山奥ニートだけどアナログゲームを紹介してみる「Blade RondoːNight Cheater(ブレードロンド:ナイトシアター)」

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斬り刻むエキストラ「あ、指揮剣さんのおかげで昼でも動けますー。はい、威力5物理攻撃×2、喰らってね☆」

 

 

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山奥ニート「たほいや」バトル

yaba-raiko-shusaku.hatenablog.com

過去のブログで書いてたこの競技、共生舎でやってみました。

 

ちょっとルールをちゃんと確認しなかったんでウィキペディアのルールとは少し違うんですけどね。まあ共生舎流ということで。

 

以下、共生舎流たほいやルール説明。

 

①出題者1名とその他回答者に分かれる。出題者は広辞苑の中から1語、みんなが知らなさそうな語を選び、それを読み上げる。

例)たほいや

 

②回答者らは出題者の選んだ言葉の意味に相応しそうな文を即興で考え、紙に書く

例)東北地方の方言で、はにかみ屋のこと。

 

③出題者は回答者らの考えた語に正しい辞書の定義を加えて読み上げる。誰がどれを書いたかわからないように気をつける。このとき、辞書の定義は一部をカットし短くしても可。

例)

1、東北地方の方言で、はにかみ屋のこと。

2、的を外した矢のこと。転じて的外れな言動。

3、江戸時代にお歯黒の取引で栄えた商家の名前。

4、山畑の猪追い小屋のこと。

5、粗末な家屋のこと。掘っ立て小屋。

 

④回答者は正しい辞書の定義だと思うものに投票する。このとき、自分の回答に投票してはならない。

 

⑤出題者は正しい辞書の定義を発表し、点数計算に入る。正しい辞書の定義を当てれたものは1点。全員外した場合は出題者に1点。間違った回答については、その回答の票数分がその文を考えた者の得点となる。さらに、もし提出した回答が正しい辞書の定義に近かった場合、3点。ちょっと違ってておしかったら2点をもらえる。

 

上記の例の場合、正しい辞書の定義は4であり、4に投票した人は1点もらえる。全員が4に投票しなかった場合、出題者に1点。また、仮に自分が1を提出していた場合、自分以外の人が1に投票していた数だけ点数が入る。

 

 

ってな感じ。だけど、たぶんこれだと出題者が不利ねー。一応、全員出題者1回ずつやったから平等ではあったけど。全員外したら2点でもよかった気がする。3点は高すぎかなー。でも1点は低すぎ。

 

で、実際に出た問題

「あいがめ」

1、仲のいい様子。またその関係。

2、藍汁をたくわえておく容器。

3、夫婦の亀。死ぬまで添い遂げた夫婦の意。

4、複数あるものをまとめて得る事。あいがめる。

5、リクガメの亜種。熱帯に生息、体長50cm程度でかみつくことは無いが農作物を荒らす。由来は体色が藍色であることから。

6、愛玩の瓶のこと。

 

わりとみんなそれっぽい。これ1問目で、しかも出題したのは私だったんだけど、正答者0名でした。

 

答えは2番ね。藍瓶と書く。藍汁(あいしる)という語から、よからぬ意味を察してしまったらしく、みんな2番はネタ回答だと思ってた。

 

 

こんな感じで最初の方はお客さんも交えて6人でやってたけど、3問目で7人となり、その全員が出題者をやったんで7回戦までやりました。で、優勝者は~

 

 

私でした。

 

13点で単独1位。2位以下に4点ものスコアを開けての優勝。勝った! 前のブログでも書いてたけどその場にバナシさんもいらっしゃったのでとても怖かったのだがバナシさんは9点で2位である。ちなみに私がよく世話になっているJさんも9点で2位。この二人も強かった……途中は私が負けてたし。

 

こういうゲームやるとつまんねーボケかますやついるじゃん? 「あいがめ:キズナアイがカメになったもの」みたいなさ。寒い奴。でも共生舎だと誰もボケない。みんな真面目だし、それっぽい答えを出してくる。ゲームに対する紳士さと、底知れないインテリジェンスを感じた。

 

辞書は私の電子辞書2冊を使用。でも紙の辞書の方がやりやすかったかなー。まあ、辞書と書くものさえあればいつでもできるし、良いゲームだね。想像以上に楽しかった。

 

最後の方ゲラゲラ笑いながらやってたよ。ボケとか一切ないはずなんだけど、提出する文章にクセとかあるから、「これどうせピエールでしょ」「ちがいますよ~」とか言いながらやるわけ。あと「さっきもこんな回答あったよね、あったよね」みたいなのでも笑えた。

 

じゃあ、せっかくだから出た問題全部列挙してくねー。答えは書かないでおこう。いい機会だからみんな手持ちの辞書で調べてみてね。

 

第二問

「さらせん」

1、シリア付近のアラブの呼称。

2、サラリーマン専用の金融商品の略語。主として低額低金利回りだが確実な商品。

3、鎌倉時代の貨幣。大阪、堺で流通したが中国の輸入銭、宋銭に押され全国的には流通しなかった。

4、新品の貨幣のこと。

5、大盤の皿にうずまくらせん模様のこと。

6、らせん構造の一種。匙螺旋(さじらせん)ともいう。

 

これはバナシさん出題。なかなか良い出題チョイス。どれが私の回答かわかるだろうか?

 

第3問

「だらかん」

1、仏教における修羅の一神。

2、中国の妖怪。蛇の姿をしており、人を誘惑する。

3、チベットの僧。ダライラマ三世とも。

4、フランス語の形容詞で「~と呼ぶ」の意味。

5、民族楽器の一種。

6、主に東北地方の言葉で「働かない人」の意。

7、堕落した幹部の略。

 

ダライラマ三世の名が出た瞬間に起きる謎の笑い。あと何故か1と2を出したと疑われる。どっちも私が出したわけじゃない……。

 

第4問

「うじあ」

1、育ての母親のこと。

2、エルサルバドルの首都。

3、モロッコ中部の民族衣装。履物の名称。ウジアの名は原材料「ウジ」に由来する。

4、洋酒の一種。18世紀のシャトーで作られたブランド。

5、世界石油機構の略称。1992年にASEANに移行した。

6、抹茶を作る工場の行程。宇治あ~きまでの行程がある。

7、ダビデ王朝12代目、ユダ王国の王。

 

はい。これは言おう。5が私である。バレないかと思いきや、ASEANで嘘だとバレる。そうか。さすがみんなASEANを知っているのな。私はASEANが何かよくわからないままにつかってたよ。3や6も、前半だけならいいのに後半が余計なのだ。この問題は「蛇足」をすることで不正解だとバレることがよくわかる問題だった。

(でもこの問題、広辞苑じゃなくてブリタニア国際百科事典から出題されてますやん。Jさぁああああああん)

 

第5問

「らんがーじゅ」

1、フランス南部の都市。オレンジの栽培で有名。

2、中世ヨーロッパにおける毛織物の一種。

3、細かいプリーツのあるスカートのこと。

4、ソシュールの用語で「言語活動」と訳す。

5、仏典に登場する樹木。バラモンブッダが論争した樹であり、沙羅双樹の近くに生えている。

6、金融用語。投資家心理におけるテクニカル分析ツール。フィボナッチ係数の反発を示す。オシレーター系示数。

7、マフラーの巻き方の一つ。

 

この辺から、あんまり細かく書き過ぎると逆に嘘っぽい感じになることが判明する。回を追うごとに正しい戦い方を学んでいくのは初めてやるゲームの醍醐味である。

 

第6問

「こんぽぎゃむだ」

1、チベットの都市。小麦の栽培で有名。

2、西アフリカで用いられる打楽器の一種。

3、チベットの地名。ヒマラヤ山脈にあり、ダライラマはこの地で生まれた。歴代のダライラマの墓がある。

4、オーディオ機器における、アンプとスピーカーで発生するノイズの一種。

5、前の音楽記号をより強める音楽記号。

6、スワヒリ語で「愛している」の意。

7、ヒンドゥー語で「通学路」を意味する。

 

なぜかチベットの地名でかぶる。ダライラマの名を再び聞いてまた謎の笑いが出る。

しかも「○○語で××の意味」も被る。この謎の単語から得る印象って意外に被るのか? この問題だけ答えを言うと、1が正解。だから3の人も惜しかったで賞で2点ゲットしてた。すげぇ。

(でも調べたらこの問題もブリタニア国際百科事典から出題されてますやん。Sくんよぉおおおおおおおお)

 

 

最終問

「こなかぐろ」

1、和三盆の一種で黒砂糖の最高級品。

2、淡水魚の一種。体長5~12cm。

3、日本の祭りで使用する神輿の神様がいる場所。

4、文章を区切る記号の一種。小さな黒い丸。

5、山鳥の一種。

6、矢羽の白地中央の黒斑の小さいもの。

7、お歯黒の一種。前歯四本を黒く塗る縄文時代後期の風習。考古学者小中正明(コナカマサアキ)が発見したことでこの名前が付けられた。

 

この問題は私、答えがわかったね。ちなみに小中正明さんが読み上げられた瞬間にまた笑いが起きる。誰やねん。

 

 

結論:電子辞書を用いると広辞苑と違う辞書からも出題されることになる。あと、回答は短すぎず、長すぎない感じで。細かく書きすぎると逆に嘘だとバレる。

 

いやー、ほんと、最初に想像してたよりも楽しかった。興味ある人はマジでぜひやってみてくれ。割と盛り上がる。メンツにもよるかもだけどね。うちは真面目でインテリジェンスな子が多いからさー。

 

よい知的ゲームでした。これからの季節、みんなでコタツ囲みながらやりたい。

俳句部活発です。

最近、共生舎でもっとも活発に活動しているのが俳句部だという事実。

 

かつてバナシさんが

「ギターも弾けないようなニートは二流ですよ」

と仰っていたが、それに倣って言えば

 

「俳句も詠まないような山奥ニートは二流」

 

と私は言おう。自然の中で暮らしながらも詩心が動かないというのは如何なるものか。俳句なんて自然に口をついて出ていくものだ。ぽつりと漏らした一語が詩になる、なんたる知的遊戯か。あんまりお金もかからないし。

 

活発すぎてどういうレイアウトでブログ記事にしようか迷う。詠み人一人ひとりにスポットをあてても十分に1記事になるし。うーん。

 

とりあえず単発系を詠み人ごとに列挙していく形にしようと思う。単発じゃないやつはまた別の記事でまとめる。

 

 

☆ヨシ☆

ヨシさんの句はご自身の内面を描くタイプの句が多い。そのため暗鬱とした感じの句が多いのであるが、その闇に惹かれてしまうのはどうしてであろうか。毒キノコほど美味であるというが、ヨシさんの句もそのような味わい深さを感じる。

 

・秋寒にはりついたままオフライン

 

・死に急げ台風一過に発電す

 

・温め酒用意された二十五円

 

・空に秋幻想振動症候群

 

・酔い深く秋刀魚のはらわたの色

 

・満ちぬのを識りて求むる残り蚊かな

 

・名月やあなたは変わっていないのに

 

・排ガスを喫いて真っ直ぐ秋ざくら

 

個人的には「酔い深く秋刀魚のはらわたの色」がダークカッコいい感じで好きである。俳句に「はらわた」というホラー感の強い語を入れてきているが、充分に季節も感じられて風情である。上五の「酔い深く」で時間が深夜帯なのでないかと思われる。焼き秋刀魚をアテにちびちびと深酒する孤独感がひしひしと現れている句。半分食われた秋刀魚は何を伝えたいのだろう。焼けて白く濁った眼を思い出す。

 

またラスト「排ガスを喫いて真っ直ぐ秋ざくら」は名ある俳人の句であると言われればなるほどと納得しかねない出来栄えに思う。無節操に走る車の起こす汚れた風に揺れるも、穢れずに凛と立っているコスモスの可憐さを思う。そうか、コスモスはいつだって美しいのだ。

 

 

☆Φ梨☆

Φ梨さんは作数が少ないが、作風としてはしゃれっ気のある句か、素朴なタイプの句を作る。気取らないことを気取る印象。語のチョイスに妙のある句が多いように感じる。語彙とユーモアの句であるため、私には詠めない句だと思う。

 

・クソ暑いだるさが背中に張り付いた

 

・秋風に吹かれて寂しひざこぞう

 

・秋の夜一人で飲むのはゼロカロリー

 

・秋空に刈り払い機の駆動音

 

個人的ピックアップとしては「秋の夜一人で飲むのはゼロカロリー」。俳句で「秋の夜」という語をポンと置けば、それすなわち「夜長」のことであると察するものだ。夜も深くなり独りで飲む酒。それはゼロカロリーであるという。ヨシさんの秋刀魚の句も「秋の夜に独り酒する男の句」であったがやや雰囲気が違う。ユーモラスであり、自嘲する感じが伝わってくる。「ゼロカロリー」の語の働きが深い。通例、カタカナ語は軽薄浅薄でありろくに働かないというが、「ゼロカロリー」という音の浅薄な語を用いながらもここまで機能させるのは、手腕であるなあと感心する。さすがである。

 

 

☆魚芽☆

作数は少ない。魚芽さんは景の描写に徹した句を詠まれる印象。まっすぐに景を描写する姿勢には、「小手技やひねりなんかに頼らない」意志を感じる。ひねくれものの私にはまぶしく思う。

 

・川しづか落ち葉ひとひら波咲かす

 

一枚の落ち葉が川面に触れた途端、波紋が広がる。その様子を花が咲いたようだ、と評した。散った葉と咲いた花という対比にも妙があるが、上五の「川しづか」によって染みるような静寂を演出する。季語「落ち葉」は冬の季語であるため、冬の川の静謐さを描いた句である。しかし、閑散とした寂しさというのはあまり感じない。冬の川ですら楽しんでいる心の余裕がにじみでている。

 

 

☆秋雷☆

私である。作風としては共生舎俳句部のメンツで言えばヨシさんに近い。景の描写に徹するか、内面を掘り下げるタイプの句が多い気がする。自分の事について色々語るのはそれこそ浅薄であるのでこれ以上は語らじ。俳句詠みは俳句で語ればよかろう。句数だけは最も多いのであるから。

 

・電話切る指で手折りし彼岸花

 

・若き犬月落ちてからまどろみぬ

 

・罪の無きブドウ一粒皮を剥ぐ

 

・紅葉落つ血の池地獄を船渡る

 

・星堕ちて燃ゆる満天星紅葉かな


・知らぬ子がどんぐり三つで団子買う

 

・雨しづか吾に頷く芒かな

 

・何食わぬ顔で部屋居る蜥蜴かな

 

・赤色のクレヨン減りぬ終戦

 

・鈴虫や母の手紙を夜に読む

 

・名月や記憶すべてを殺したい

 

・りんご噛むごとに忘るる嫌なこと

 

・秋茜去るくだり坂のぼり坂

 

・一文字も置けずに夜更け火の恋し

 

・夜の道なんとなく案山子蹴りたい

 

・狭霧の壁突き破り仕事に行く

 

・柿色の空と山と村と人

 

・木守柿今の私のような柿

 

・あきざくら木杭囲むも攻めあぐね

 

19句。玉石混交。個人的には「秋茜去るくだり坂のぼり坂」がお気に入りである。山道はアップダウンが激しい。あちらこちらに坂がある。それを歩いていると、赤とんぼが飛び去って行く。たったそれだけの句であるが、何か感じいるものがなかろうか? 人生においても坂は多いが、くだり坂の後には必ずのぼり坂のあるものだ、と思う。

 

 

☆影馬☆

影馬氏は俳句部期待の新星である。つい一か月ちょっと前くらいに俳句を始めたばかりなのだが、全くそうとは信じられない卓越した詠み手であり末恐ろしい。作風は俳句部の中では最も特殊で、人物の句が多くそのほとんどが優しい雰囲気に包まれている。山奥ニートはひねくれものや人間嫌いが多い中、人に対する優しさ、真心を失わない姿勢には舌を巻く。とくに少女を描写した句に妙があり、優しい童話のような世界観こそ影馬氏らしさなのだろうと思う。また、しゃれっ気に走る時もあるお茶目さんでもある。

 

・向日葵やじゃれ合いながら駆ける子ら

 

・月明り窓の外見る君の顔

 

・通学路紅葉がふわり舞い上がる

 

紅葉狩り小さな手に落つプレゼント

 

・春の夜血走る瞳でエロゲプレイ

 

・萌え袖やAmazon眺め冬支度

 

・台風や負けるなニート共生舎

 

・碧眼や湯気の向こうに栗ご飯

 

・トンボ増ゆ公園統べるアホ毛二本

 

・Don't cry ! Dragonflies do fly !

 

・そぞろ寒あの子の布団に潜り込む

 

・朝霧に乗じて君の胸を揉む

 

・運動会転んだふりして尻触る

 

・秋雨や交換ノートに秘密書く

 

・運動会てるてる坊主に一等賞

 

終戦日一夜一夜に人見頃

 

・霧を行く水兵リーベ僕の船

 

・北風や王政復古の大号令

 

・我思う故に我あり秋のセミ

 

・薄紅葉初孫の手と比べけり

 

・虫の声枯れて尚いる職員室

計21句で私よりも多い。ビビる。

俳句で用いられそうにない、「エロゲ」「アホ毛」「Amazon」など語を平気で俳句に織り込んでくる大胆さ、さらには唐突にはじまるエロ俳句シリーズや、学習俳句シリーズなどの遊び心が初心者とは思えない。かつて教職であったが故の教員ネタも豊富。

 

中でも「萌え袖やAmazon眺め冬支度」の作には突き抜けたものを感じる。「萌え袖」「Amazon」という2語もの俳句らしからぬ語を織りながらも俳句として成立させる手腕。また、「萌え袖や」の「や」は切れ字なのであるが、季語に用いることの多い切れ字を「萌え袖」に用いた大胆さ(萌え袖が季語である可能性もあるが)。スマホタブレットAmazonの冬用品を眺めているふりをしつつ、視線は女性の萌え袖の方へ流れてしまう。いっしょに暮している女性であろうか? 男女の初々しさ、甘酸っぱさのようなものが溢れた作であり、闇属性の私にはまぶしすぎて鑑賞する間に3度死ねる句である。

 

☆FUJI☆

FUJIさんは厳密には山奥ニートではない。よく遊びにいらっしゃる共生舎の理事。実は昨今の共生舎俳句ブームの立役者である。作風としては景を描写する句が多いが、それを通して内面を掘り下げるタイプの俳句詠みであり、共生舎俳句部でいえば私の作風に近いか。

 

・地を駆ける黒影多数渡り鳥

 

・竜が翔ぶ山奥の川蜻蛉だよ

 

・恩つなぐペイフォーワード月さやか

 

・突き進む鰯雲裂き銀輪と

 

・優しさか臆病なのか秋の海

 

ラストの「優しさか臆病なのか秋の海」がいいですね。秋の海を一人ただ眺める男の背中みたいなものが目に浮かぶ。軽薄で明るい夏の海でも険しく厳格な冬の海でもない、秋の海。秋の海のその静かな距離感が心地よい。また上五中七の「優しさか臆病なのか」は秋の海のみならず自分自身にも問いかけられている様に思う。背景を考えさせられる句。

 

 

☆はるはら☆

まさかのはるはらさん参戦。小屋暮らしYouTuberのはるはらさんである。共生舎には一時住んでいたので共生舎ファミリーでもある。Slackというコミュニケーションアプリで俳句部チャンネルを作ったら即入部されていた。興味あるとは思わなかったけど、あの方趣味人だしな。そう思うと納得。

 

・秋雨の拍子を数えギター弾く

 

通例、初心者は視覚の俳句ばかり作り聴覚や嗅覚をないがしろにするものだが、聴覚に特化した俳句である。しかし景が描けていないわけではない。小屋から秋雨に濡れる外を眺めてギターをつま弾く彼の姿が目に浮かぶようだ。雨音をメトロノーム代わりにするという風雅さがカッコいい。梅雨や夏の雨の鬱陶しさと違い、秋の雨の爽やかさのようなものも感じる。雨でも秋ならば楽しいものだ。少し孤独感もあるが、寂しさは感じない。はるはらさんらしい句だなと思う。

 

 

計7名から59句。7名から59句ってすごい。今までの俳句特集で最多な気がする(私と影馬氏だけで40句であるが)。

 

詠んでいただければわかるが、全員作風が違う。とっても面白い。一緒に暮らしていてもこんなに感性が異なるものなのか。俳句は心を映す鏡である。その人の事を知りたければその人の俳句を鑑賞すればよいと思う。

 

最後に今作った私の句を一句置いて筆をおかせてもらう。これを含めれば計60句でキリがいい。これからの俳句部の繁栄を祈る。

 

・山の人俳句詠みけり冬隣                   秋雷

 

深夜に句会しました。

深夜に男たちでリビングにたむろして、色々な話をしていた。こういう、何となしに思ってることを言い合う夜会は楽しくて楽しくてしょうがない。普通、こういう夜会は昼夜逆転した私より若い子とやってることが多いのだけれど、今日は私よりかなり年上の方ばかりと話し合っていた。勉強になる。

 

で、もう2時か、って頃合いになって、急に私が昔俳句詠んでた話題になった。

 

「ピエール君、じゃあここで一句」

 

FUJIさん(共生舎の理事の方、久々に共生舎に遊びに来ていて、この数時間後にまた発たれる)から無茶ぶりを受ける。割と聞きなれた無茶ぶりであるが、推敲タイプの私には辛いものがあるぜ……。

 

そもそも俳句はそれ一つで完成された文芸作品である。十七音しかないから勘違いされがちだが、そんな簡単に名句が現れるわけがない。よほどの名俳人でもない限り、即興でまともな俳句を詠めると思えないのだ。

 

ですが、まあ、せっかくリクエストされたんで、歳時記取り出して頭をひねることに。ついでだし一緒に夜会で話してたヨシさんも巻き込む。深夜二時にいきなり句会がはじまる。

 

歳時記片手に、「この季語カッコ良くないすか」「この季語で詠みたいなあ」とか言い合うだけでも中々に楽しめる。女子二人で服を買いにいくとこんな感じかなと思った。まあ、服なんて布切れ物色するより、季語選びしている私たちの方がずっと知的で高尚でクールなのだけれどな。

 

ピ「今、雨降ってるし。『秋の雨』で詠みましょうかね」

 

ヨ「それピエールらしいから却下」

 

ヨシさんこのブログを読まれているから全てお見通しである。たしかに「(季節)+の雨」とか「(季節)の雷」とかで詠みまくったよなぁ……

 

それにしても、数か月も詠まないと俳句脳衰えるもんだ。全然思いつかない。

 

結構、時間をかけてひねり出したのがこの三句

・雨去って墓参りする人の列

 

・壁登る孤独ばかりの鉦叩

 

・鬼灯や小型の魔女が背伸びして           秋雷

 

割と最後の句は良い感じに詠めた気がする。しかし、この最後の句をFUJIさんに見せたら、

 

「中七の『小型の』がもったいなくない? 『背伸びして』だけで『小型』の意味内包してるよ」と。図星である。めっちゃ的確な評。さすが。

 

急遽、別の四文字を推敲することに。で、その結果できたのが

 

・鬼灯や双子の魔女が背伸びして           秋雷

 

『双子の』の方が季語の鬼灯にもかかってくるし、キュート。こっちのが圧倒的に良いね。個人的にかなりお気に入りで、ひっさびさに納得のいく句が詠めたので大満足だ。

 

ちなみにヨシさんは私が4文字推敲する前にさらりと詠み終えていた。

 

・桐一葉光年越えて今こそ           ヨシ

 

以前共生舎俳句部「梅雨の句」で「メメントモリ」という語を用いてヨシさんは俳句を詠まれていた。この厨二カッコよさ。私がやりたいと思うことを先んじてやってしまうのがヨシさんである。悔しい。

 

今回も「光年」という俳句ではなかなか用いられ無さそうな語を織り込んできた。これは21世紀の句だなと思う。下五が字足らずなのも含めて非常に挑戦的。20世紀以前の句を未だに詠んでる奴なんなの? もう21世紀だよ。とでも言いたげな印象すら受ける。

 

たしかに、20世紀以前の俳句なら20世紀以前の人たちがさんざん詠んできたはずなんだ。今あえて俳句なんてクラシカルな文芸に手を出すなら、クラシカルな手法のままじゃきっと20世紀以前の名句には勝てないだろう。

 

「桐一葉」という美しくクラシカルな和語を上五に置きつつも、中七で「光年」という俳句では新たな表現を取り入れている。さらに下五では「今こそ――」と一字足りないことで、もう一歩届かない感じ、焦燥感というか、それでもあと一歩まで迫っているこのじれったさ……みたいなのを感じる、様に思った。

 

ヨシさんのこの挑んでいく感じ、僕は好きだなあ。むしろ僕の方がこじんまりした句じゃなくて実験的な句を詠んでいかないといけない気がするが……。

 

で、FUJIさんはFUJIさんで歳時記すら開かずに一句詠んでいた。びっくりする。

 

・銀月に響きわたりし山の川             FUJI

 

あー、上手いなと思う。視覚情報に聴覚情報を合わせてきている。目は月を見ているが、耳には川のせせらぎが入り込んでくる。それよりもこの人は何で夜に山の川のそばで月を眺めているんだろう。何があったのだろうか。何を思っているのだろうか。物語を感じさせる。

 

この辺、私が昔詠んだお気に入りの句

・夜夜中海原一面海月咲く

・蛍浮く深山の闇に染められぬ

と雰囲気が似ていると思う。上記二句も、真夜中に海や川のそばにいる句だ。深夜に何を思って水場に引き寄せられているのか。どうにもダークさを感じてしまう。

 

もしかしてFUJIさんと私は似てるところあるのかなー、なんて思った。

 

いやー、男3人でキャッキャ言いながら句会。インテリジェンスだしクールだし、何より楽しい! こんな宝物みたいな時間があっていいのか、って思った。僕にとっては何物にも代えがたい時間でしたよ。お二人ともお付き合いいただきありがとうございました。

 

最後に今一句詠んで筆をおこう。

 

枕抱きささめく子らや秋黴雨             秋雷

 

あら、また私にしてはかわいらしい句を。路線変更したのだろうか。以前の尖り具合もあれはあれで必要な私の要素なんだけど。

小説書いてますよ

どうにも自分の書く文体が気に食わない。

 

悪い文章を悪いと気づけるのは良いことなんだけど、悪いと分かったまま書き続けるのが苦痛で仕方ない。かといって、どこが悪いかすぐにわかるものでないし。

 

そもそも私の文体はブログとかには向いてるけど、小説には向いてないのよねぇ……。

 

でもあと1、2枚だと思うんだよ、壊すべき壁は。かなり惜しいところまで来た感じあるよ。何てったって小説書き始めてから10数年経ってんだもの。さすがに凡人凡才の凡愚でも、ある程度のレベルになっててくれないと困るよ……

 

友人に大まかなプロット見せるんだけど、ちゃんとテーマをしっかり決めてないと酷評されるね。テーマって大事だ。何を描くのか。

 

きちんと描きたいモノがないと、結局言いたいことがフワフワして、駄作にしか仕上がらないんだよね。明確なテーマ、かならず必要よね(重言)

 

アップデート、アップデート。毎日アップデート。いずれver.1.00になるまで繰り返す。修羅い。それでいい。

 

 

優曇華や脳の縮まる朝ぼらけ                秋雷

友人に。

友人が「死に時を逃した」なんて言うものだから、

 

「必死に生きてから死ね
楽を求めて死ぬな」

 

と言ったのだけれど、まんま自分にも刺さる言葉ね。

 

 

「必死に頑張った結果、どこかに到達する」っていうのを、僕は今までの人生でやったことが無い。その友はあるんだよ。釈迦に説法じゃないか。不甲斐ない。

 

「あの時死んでおけばよかった」なんて、友はしょっちゅう言うんだ。「人生捨てたもんじゃないよ」って言ってやりたかったけど、僕が口にしても説得力は無し。

 

かつてまぶしくて直視できなかった友よ。今じゃ、私と同じような泥の中にいる君だが、一瞬とはいえ飛ぶ翼があったあの頃の君は、本当にうらやましかったし、尊敬してたんだよ。

 

一緒になって首まで泥に浸かっていてもしょうがない。今や死に場所を探し続けるゾンビみたいな君に飛ぶ力は残されちゃない。じゃあどうすんのって。

 

とりあえず、死ぬな友よ。君に死なれると僕はとっても困る。泥の中の虫のような僕にも到達できる場所があるだって、君に示さなければならない。それから「人生捨てたもんじゃないよ」って、君に言うから。

 

愚かで無能な虫みたいな私には、少し時間のかかる課題だよ。もう少しだけ生きづらいこの世を生き永らえてくれ。もうちょっとだけ時間をくれ。たぶん、なんとかしてみせるから。

 

堂々と百足征きけり死んだ部屋            秋雷

 

 

闇深いポエムみたいな記事久々に書いたな。元よりこれこそ私のカラーなので、失わずにずっと闇深い存在でいたい。初心忘るべからず。

生きてました。

超久々のブログ更新である。申し訳ございませんでした。

 

一度更新が途絶えると全てのやる気を失う。

 

毎日更新の呪いである。惰性で更新し始めるあたりでもうブログではなく駄ログであった。

 

まあ、ちょっと肩から力抜いて、気楽にやろうと思う。義務感でやるからダメなのだ。楽しんでやるべきである。

 

本閉じて蝉時雨に埋まる午後              秋雷

 

俳句もひさびさである。中七が字足らず。当然、へたくそであるが嫌いな作ではない。読書に集中するあまり蝉の声が耳に入らなくなる。読了後、集中力が切れてとたんに蝉の声に埋め尽くされる。余韻を味わうために、脳に何も入れたくなくなるあの時間。何もできない時間。至福の時間。

 

夏のうだるような暑さも、鬱陶しい蝉の声も、優れた作品の前には無力である。