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山奥ピエールの「山奥ニートだけど小説書いたり俳句詠んだりアナログゲームやったりブログ更新したりで毎日が忙しすぎる」の読んでほしい記事一覧

トップ固定記事。個人的にお気に入りの記事を貼っときます。

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まあとりあえず

六月になったら何らかの小説新作プロジェクト始めましょうか。

 

短編か、前から書きたかった長編か。もときたの手直しか。まだ決めてないけど。

 

短編がいいかなあ。

自作のアナログゲーム作りたいなあ……

共生舎においてこの手の話は盛んにおこなわれている。数人の山奥ニートが「共生舎オリジナルゲーム」を作りたいと考えているのだ。

 

かく言う私だってそうだ。自分はまず「蠱毒」の伝説から思いついた「蠱毒壺」というゲームを考えた。ニムトみたいなバーストゲームだ。蠱毒壺の中に蟲のカードをたくさん入れていくが、許容量を超えたプレイヤーに呪いが弾きかえってくる。

 

ただこのゲーム洗練すれば洗練するほどニムトに近づいていくし、何より、後で気づいたのだが、よく似たゲームにライナー・クニツィーアのポイズンがあって、もう絶望しかない。バナシさんなんかは「巨匠ライナー・クニツィーアと発想が同じとは」とか言って笑ってたけど。

 

あーあ、なんか自分で作ってみたいなあ。とにかく自分はクリエーター気質な人間であることは確かなんだが、スペックが願望に追いついてないのが毎度のことだ。まあ大人しく小説書いてろってことなのかな。でも作りたいんだよなあ……

山奥ニートだけどアナログゲームを紹介してみる「ARGOAT」

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 ウサギ「我はエメラルドでしか動かんッッッ! エメラルドを寄越せッッッ!」

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何をもってして面白い小説とするのだろうか

面白い物語には規則性がある。王道だとかなんだとかいうが、結局は規則性に従うから面白いのだ――のはずだ。

 

ううむ。わからん。

 

たぶん、AがBを経てCとなる。というのが物語のひな形に思う

 

A→B→C

というよりは

 

  B

  ↓

A→→→C

みたいな感じか。Bというものの影響を経て、AはCになりました。みたいな。

 

科学の実験で習った触媒に似ているかもしれない。

 

過酸化水素二酸化マンガンという触媒を足すと酸素と水素に成りますよ、みたいな。

 

この場合の二酸化マンガンが小説における「事件」だ。

 

物語中、主人公は何かの事件を経て成長し、事件後の主人公と事件前の主人公では別のものとなる。実のところ主人公の成長自体は事件が無くとも起こりうる。その辺りが触媒っぽい。

 

触媒は化学反応を強制的に起こさせる。激しく反応させる。たしかそんなもののはず。

 

主人公は事件によって成長を強いられる。それはたぶん「選択」を強いられることに等しいのではないだろうか。つまりは、未成長の彼から、境界線を越えて、成長後の彼へと移行することを主人公が選択するということ。

 

つまりは
     事件

     ↓

主人公→→→主人公’

みたいな感じか。

 

主人公が変わるということは世界が変わるということ。何故なら主人公の主観で物語が語られるなら、主人公’の主観は主人公の主観とは変わるはずだからだ。主人公が変わることで彼の目に映る世界だって変わる。読者諸氏にも、幼少期に見た世界と今見ている世界はもはや別のものになったという体感があるはずだ。

 

――と、いうのが物語の骨組みなんじゃないのかな。でもここまでわかってて実際にやるとなると何であんなことになっちまうのやら……

 

TRPGをやった

共生舎は十数人もの人数がいる。

 

よって、プレイヤー3人組が3組とか普通にできる。

 

同じシナリオでも3回くりかえせるわけだ。

 

まあGMの負担さえ考えなければ、だが。

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小説について

あの異世界転生モノは一端おじゃんにしようと思う。完全にボツにはしないけど、大部分はダメだろうねえ……

 

初期設定から見直す必要性があると思う。たとえば本屋で手に取ってみて立ち読みされたところで開始2ページが面白くない本はそのまま本棚に戻されて買われない。あのスタートではダメだ。面白みの欠片もない。

 

エンターテイメントとは、ということをよく考えてみる。何が面白いだろう?

 

読者にとっての面白さよりも私にとっての面白さってのを第一に考える。自分にとって面白くないものは他人が見ても面白くないはずだ。ってなると、主人公無双モノは書けなくなるんだけどなあ……

 

次は練習がてら短編か何か書こうかな。それが良い気がする。